地下の部屋②
「まず右から行ってみましょう」
ジョーズがカンテラで右側を照らしながら進む。
分かれ道があればその都度曲がり、何処がどういう風にこの入り組んだ通路と繋がっているのか調べる。
道中、ジョーズがミシェルに案内された城の内部と同じように地下の通路が各部屋へと繋がっていることに気付きそれをクリスティアへと伝える。
そして同じように行き来の出来る扉と覗き穴があるのは一階は赤の貴賓室、サロン、遊戯室、執務室、食料保管庫、二階はリンダの宿泊していない赤の客室に二カ所そしてアチェットが死んでいた執務室へと繋がっており、他の部屋には赤の客間と同じように隠し扉は無く、覗き穴だけが空いていた。
アチェットの寝室や謁見の間に繋がる通路は無かったので別に隠し通路があるのかもしれない。
探検が終わり赤のサロンへと繋がる通路まで戻ると、サロンへと戻らずに今度はそのまま真っ直ぐ進む。
恐らく青の間へと繋がるのだろうと誰もが予想していたその道だったが、通路を進んだ先には進むことを阻むかのようにカビた古い板の扉が出迎える。
おそらく位置的に玄関の間の真下辺りだろう。
青と赤の間の丁度中間に位置するこの扉の先になにがあるのか……。
急に現れた遮蔽物に緊張感を漂わせながら自身の顔をカンテラで照らして静かにと言うように人差し指を唇に当てたジョーズは警戒するように扉をゆっくりと開く。
古臭いわりには存外、音も無く開いた扉の先にはあまり広くはない正方形の空間が広がっていた。
カンテラで辺りを照らしながら天井に火の魔法鉱石の入った吊り下げランプがあるのに気付き、ジョーズが魔力を注ぎ明かりを灯す。
カンテラがいらない程度には明るくなった室内の真っ正面には同じような扉があり、右側の壁に物書き机とベッド、左側にはくしゃくしゃにされたカーペットが無造作に置かれた殺風景な光景が広がっていた。
「公がおっしゃっていた部屋なのでしょうけれど……なんのための部屋なのかしら?」
「分かりませんが、放置されたのはそう前ではないみたいですよ」
普通こういう隠し通路はなにか有事があった際の逃走経路となるので部屋など作らないのだが……。
用途のさっぱり分からない部屋にある物書き机の上を撫でたジョーズは指先に付いた埃の厚さで最近の人の出入りはなかったことを告げる。
その机の上には乱雑に置かれた書類と場違いなアンティーク時計が置かれているので、興味を引かれたのかクリスティアが近寄る。
書類は燃やそうとしたのだろう……大方が灰になり、所々辛うじて読める箇所には式の再開、番人を、孤児、生け贄……と不穏な文字が並んでいる。
「一階赤の執務室には大きい針を12時小さい針を1時の方向に……ミサ、これはなにか分かるかしら?」
「はいクリスティー様!調べます!」
この動いていない時計の使用方法だろうか……。
書類から目を離し壁に貼られたボロボロの色褪せた紙を読み上げたクリスティアが再度時計を見れば針は今、大きい針が10時を小さい針が12時を指しており紙と照らし合わせれば赤の遊戯室を指していることが分かる。
この時計が魔法道具であることはなんとなく分かるけれども用途が分からない。
ならば分かるモノに聞こうとクリスティアが自身の魔法道具であるミサの名を呼べば、手のひらサイズの小さい黒髪の少女が椿の花が咲く小袖を揺らしクリスティアの体から飛び出すように現れ机の上に飛び乗る。
敬礼をしたミサは時計の前に立ちしげしげと前を見て後ろを見て、そして匂いを嗅ぐように鼻を近付ける(実際は匂いを嗅いでいるのではなく魔力の属性などを調べているだけ)。
「盗聴するための魔法道具ですクリスティー様。それぞれの部屋にこれと同じ魔法道具があればそれと繋がって部屋の中の音を聞くことが出来ます。範囲はこの城だけなのであんまり新しい物じゃないですね……えっとデーターでは同じ型の物が40年前に発売しています」
「まぁミサ、エヴァン先生に新しい機能を追加して貰ったの?」
「えへへ、魔法道具のデーターを新しく入れて貰いました!でもまだ勉強中です!」
「ふふっ、あまり頑張りすぎないようにね」
リアド・マーシェの遺言書探しでは古い魔法道具の知識に乏しいせいで危うく別の遺言書を施行するところだったのでミサを作った魔具師であるエヴァンが気を遣って新しい機能を追加してくれたようだ。
後日改めてお礼をしておこうと考えながら、ミサの頭を花丸だというようにクリスティアが撫でれば嬉しそうにその手に小さな頭が擦り寄る。
そしてその手が離れるとぴょんっとクリスティアに向かって抱きつくように飛び込んでミサはその姿を消す。
埃を被っているものの綺麗なアンティーク時計は確かに、各部屋にも同じデザインの置き時計があった。
試しに皆が居るはずの青の貴賓室の番号へと大きい針を9、小さい針を6へと併せてみれば時計からラジオのように衣擦れの音や咳払いの音が響く。
「覗き穴といい盗聴器といい……なんとも楽しくはない部屋ですね」
ジョーズがこの誰も知らない部屋の使い方を想像し嫌悪感で眉を顰める。
恐らくこの部屋のことを知っているのはこの城の君主だけなのだろう。
誰にも知られないように隠れてこの盗聴器を使用していたのならば誰かの弱味を握るために利用されていたものなのか、それともただ単純に盗み聞きが趣味だったのか……どちらにせよ良い使われ方をしていたとは到底考えられない。
(公国の君主はうちの陛下のように底意地が悪そうには見えなかったのだが……)
一国の主たるもの他人には見せない顔というものがあるのかもしれない……。
自身の主君が口に出すのも憚られるような趣味を持っていないことを幸いに思いながら、公国に赴く際は言動に気を付けるようにと進言しなければなとジョーズは溜息を吐く。