1階、赤の遊戯室①
「アント様とスターマンがいた遊戯室でございます」
1階、赤の遊戯室。
劇場へと続くかのような赤色に染められた観音開きの扉を潜り中へと入れば華やかなシャンデリアが見下ろす豪奢な室内。
バーカウンターにビリヤード台、カード台に中央は小さなダンスホール。
赤のベルベットのカーテンが舞台の垂れ幕のように窓の左右に結ばれ、二対の天使が舞う様の彫られた暖炉の上には10時を指したアンティーク時計が置かれている。
暖炉にはまだ小さな火が灯っており室内は思いの外、暖かい。
アリアドネは早速、皆から離れて室内の物色を始める。
「青の遊戯室も同じ内装なのかしら?レータはご存じ?」
「わたくしは赤の間の担当でございますので青の間のことはポネットにお聞きするのが良いかと思いますが……ただ青の間は近々、赤の間と統合なさるというお話がございまして出入りの業者が青の間の家具などをいくつか持ち運ぶ姿を見ており、その中にカードゲーム台があったのを確認しております」
処分とはつまり売ったということだろう。
内装まで対であるのかは分からないがカードゲーム台ならば遊戯室に置くのが定番といえるので、それを処分したとなると青の間の内装は赤の間より質素なのかもしれない。
そういえば青の貴賓室も名の割りには殺風景な内装だった。
「もしかして前庭の彫刻は新しい物なのかしら?他に新しくなった所はあって?」
「彫刻は十二年前に君主様がご購入された物でございます。赤の間の客室の扉も五年前に取り替えており、あちらのバーカウンターも新しくお作りになられた物でございます」
「そう」
バーカウンターには飲みかけのグラスと果物や軽食の乗せられた銀食器が置かれたままになっている。
アントがそこに座っていたのだろう仕立ての良い上着が椅子に掛けてあるのでクリスティアは絵柄のある紺の裏地の見えるそれを何の気なしに触れてみれば……なにか紙のような物がヒラリと地面へと落ちる。
「まぁ、ふふっ可愛らしいお子さんですこと」
ジャケットから手を離し、落ちた紙を拾い上げればそれが一枚の写真であることが分かる。
裏返って落ちたそれを表へと向ければ人違いかと思うほど破顔した表情を浮かべた若かりし頃のアントが大事そうに赤子を抱えている。
それを見て叔父であるヘイリー・バントリを思い出したクリスティアは思わず笑みを浮かべる。
赤子のクリスティアを抱いたヘイリーの写真とこのアントの写真は全く同じ表情なのだ。
「アント様は既婚者でしたかしら?」
「……いいえ、独身でございます」
「でしたらこの子はどなたの子供かしら?」
「存じ上げません」
写真を見て一瞬、息を呑んだレータだったが浮かべている無表情は変えずに答える。
その表情は注意深くレータを見つめるクリスティアの視線にさえ揺らぐことはない。
「隠し子だったりして」
アリアドネがからかいを含んだ声音でクリスティアの持つ写真を後ろから覗き見て推測する。
先程の殺気だったアントとは似ても似つかない幸せ溢れる笑顔に、これは絶対自分の子供に違いないとアリアドネが根拠のない確信をしたところで、自分の言葉になにかを思い至ったのかハッとしたように瞼を見開けば……そのなにかの記憶を遮るようにレータが怒ったように声を荒げる。
「アント様はあのように振る舞いは乱暴でございますが歴とした紳士でございます!」
ギロリっとアリアドネを睨んだレータの突然の感情の高ぶりに驚き、アリアドネはビクリと肩を震わす。
アリアドネにしてみればアントが既婚者ではないとレータが言ったものだから単純に推測しただけなのだが……。
写真だけで判断したことが気に障ってしまったのかとその怒りに戸惑う。
「誰にでも色々な顔があるというものよアリアドネさん。あぁ見えてアント様はもしかすると孤児院経営をされていてその中の特別仲の良い子との写真かもしれないわ。そうでしょうレータ?」
「……申し訳ございません。声を荒げてしまって……」
「私こそ……その、なにも知らないのにごめんなさい」
クリスティアが写真をアントのジャケットに戻しながら穏やかな声で仲裁に入る。
声を荒げた気まずさとクリスティアの真意をはかりかねる推測に浮かべた困惑の表情を隠すように頭を下げたレータにアリアドネも申し訳なさげに頭を下げる。
今日初めて会ったアリアドネとアントとの関係のように、レータもアントとの関わりはそれほど深いものではないと思っていたのだが……。
レータのアントを庇うような態度に、もしかすると使用人に手を出すタイプで真面目そうなレータは騙されているのかもしれないと、何処までも勝手な妄想を広げながらアリアドネの中でアントの評価が地の底まで落ちる。