2階、赤の客室③
(ってことはもしかしてこれペルセポネの実のチュートリアルじゃないの!?)
まさかまさかとドキドキドキと不穏に脈打つ心音が鼓膜を揺らし、アリアドネの不安を駆り立てて良くない疑問を湧き上がらせる。
これは、非常に良くない展開だ。
(まずい……クリスティアに勝負を嗾けたのは間違いだったのかもしれない!)
無いものは無いというのになにか見逃している小さな、米粒より小さな証拠があるのかもしれないと僅かな望みを捨てきれず暖炉を必死になって探してみるがやはり何度、目を凝らしても灰があるだけで……殺人の証拠になり得るような物はなにも見付けられない。
これがペルセポネの実のチュートリアルだったら燃え残ったハンカチーフの切れ端が絶対にあるはずなのに……。
自信があったから推理勝負を仕掛けたというのにこのままではクリスティアに惨敗する未来がそれはそれは色濃く見えるアリアドネは、ガックリと項垂れる。
(いやでも待って、これがチュートリアルなんだとしたら攻略対象者がユーリとエルしか居ないんだから……二人を攻略するため以外の犯人は除外されるのかも?)
ペルセポネの実のチュートリアルは各部屋で見付けた物的証拠を事件の証拠として扱うか否かで攻略対象者が決まり、その決めた攻略対象者と共に謎を解くことで親密度を上げるのがファーストシナリオだ。
ならばつまりだ、今この場に居る攻略対象者はユーリとエルしか居ないので二人を攻略するため以外の物的証拠は見付からないというか元々無いのかもしれない。
(だったらペルセポネの実のメインヒーローはアリアドネの糸のメインヒーローであるユーリと立場が同じのはずだからあそこで見付かるはず……もしそこで物的証拠が見付からなかったら推理勝負は無かったことにしてもらおう)
メインヒーローを攻略する証拠探しの選択肢は客室ではない。
エルの立ち位置が不明なぶん分かりやすいユーリと同じ立ち位置の攻略対象者を選ぶ証拠を狙おうとアリアドネは奮起する。
奴隷契約破棄のためこの勝負に負けるわけにはいかない。
自分に都合の良いポジティブさでこれがペルセポネの実のチュートリアルであるという望みを掛けて証拠探しの決意を改めて固めるアリアドネの百面相を楽しそうに見つめていたクリスティアは視線をレータへと向ける。
「レータはこの城で働くようになってから長いのかしら?」
「十五年でございます」
「スターマンや他の使用人達は?」
「スターマン様は十九年と三ヶ月前、ミシェルは十ヶ月前にポネットは一ヶ月前に採用されたばかりでございます。ルミットは八年と十一ヶ月でございます」
先程の件もあり、少し躊躇いながらも客人のことではないので聞かれたことには正確に答えるレータ。
そこまで正確に答えられるとは思っていなかったクリスティアは驚きと同時にその回答に満足する。
「公は赤と青の間どちらもよくご利用していたのかしら?」
「私が知る限りでは先の君主様がお亡くなりになられてからは赤の間ばかりご利用でしたが……そういえばこの一年は青の間ばかりご利用でございました」
「……そう」
何故そんな質問をしたのか分からず戸惑うレータを横目に部屋の中を見回したクリスティアの視界の端でなにかヒラヒラと揺れる物が映る。
「あら、あれはなにかしら?」
気になって思わず声を上げたクリスティアの視線の先にはバルコニーがあり、ヒラヒラと風に揺れる赤いリボンが手すりに結ばれているのが見える。
「なにか意味がございますの?」
「い、いいえ……私は存じ上げません」
「このリボン、確かリンダ夫人が花火のときに結んでたわ」
クリスティアに言われて気になったのか、寒そうにしながらバルコニーへと出て行ったアリアドネはリボンを見つめて思い出す。
花火の時に確かにあの赤いリボンをリンダが結んでいるのをアリアドネは見たのだ。
「特に意味はないかと思います。バード夫人はこちらに来られるとなにか一つ悪戯のようなことをなさいますので」
「へぇ……」
レータの説明に納得したようなしてないような……というか興味がなさそうにリボンを一度撫でて離れたアリアドネは寒さに身を震わせながら部屋に戻るとクリスティアを見る。
「私はもうこの部屋は見終わったけど、次の部屋に行かない?」
「えぇ、次は何処が良いかしら」
「赤の遊戯室が良いかと存じます」
レータの提案に特に反対することもなく、頷いた一同は客室を出るのだった。