推理対決①
青の貴賓室から出てすぐ、レータの案内によって一階の赤の間のトイレに向かったアリアドネは早歩きで中へと入る。
アリアドネの家くらいありそうな広く綺麗なトイレは化粧室も兼ねているらしく、前世で話題になっていたショッピングセンターのリビングのようなトイレと同じような豪華な内装だ。
入ってすぐには休憩用のソファーが設置されており、今はクリスティアがポツリと一人座ってなにかを考えている。
後ろ姿だけ見るとなんだか貴族社会で虐められた憐れなご令嬢が憂えているかのよう。
「ありがとうクリスティー、なんて言ってトイレに行くって言えばいいのか分からなくて困ってたの」
「お花を摘みに行くかお化粧を直しに行くといえば大体皆様察してくださいますわ」
正直にトイレに行きたいとは言えない恥じらいは持ち合わせてはいるので大いに助かったとすっきりとした表情のアリアドネを見て、社交界で通常使われる常套句をクリスティアが教える。
お花を摘みに行くなんて前世でも使ったことのない言葉は気取っていて、平民街道まっしぐらだったアリアドネには口に出すのが恥ずかしすぎる……。
もうこんな風に一国の主が住むお城にお呼ばれすることはないだろうけれども、とはいえ覚えていても損はないとは思うのでいつか使うときが来たらお花は摘みに行かず化粧を直しに行くと宣言しようとアリアドネは心に刻む。
「それで?今のところ怪しい人はいる?」
「さぁ、どうでしょう。どなたも誰かがアリバイを証明しておりますし……皆様思ったほど公の死を悲しんではおりませんから」
「悲しんでないから怪しくないの?」
「特に親しいわけではない者の死を必要以上に嘆き悲しむことは自身の疑いを逸らす為の演技である可能性がございますから」
アチェットがどれほどこのディオスクーロイ公国で名君であったとしても、個人的な深い交流がなければ所詮は他人だ。
崇拝していなければ涙の一つも出ないだろう。
今日来ていた者達の中にそんな深い交流や崇拝があったとは思えない。
アントは商談。
アーデン夫婦は亡き子を偲ぶため。
リンダは夫婦の思い出を感じるため。
使用人達は日々の生活のため……。
そんな者達がアチェットの死を必要以上に嘆き悲しんだのならば……クリスティアも疑っただろう。
「あなたとて今日明日わたくしが死んだとしてもそれほど悲しくはないでしょう?」
「……そんなことないわよ、こう見えても感受性は強いほうなんだから泣いちゃうわ」
「まぁ……それはとても嬉しいわ」
分かりやすい例だと思ったのだがそうではなかったらしく、心外だというようにアリアドネはブスッと唇を尖らせる。
例えアリアドネとクリスティアとの間にあるものが友人という損得のない関係ではなく不当に結ばれた契約だったとしてもアリアドネは今、クリスティアが居なくなればそれ相応に悲しむし涙を流すだろう。
それはクリスティアとは前世の記憶を共有する数少ない仲間であるという特殊な繋がりからくる郷愁の想いからに近いかもしれないが、ここに集まった者達とアチェットとの稀薄な関係よりかは深いと信じている。
拗ねたような顔をするアリアドネの予想外の答えに、クリスティアは嬉しいのかとても綺麗な表情で微笑む。
その微笑みを見ていると彼女こそアリアドネが今日明日死んだところで悲しみそうにはない、むしろそれが悲惨であればあるほどそこに転がる謎を解ける喜びに嬉々としで踊り出しそうだと、自身の死の悲しみより謎を解ける喜びが勝る薄情者であることを短い付き合いでも理解できて呆れる。
(ま、そうだとしても……)
そうだとしても自身の死が彼女に解かれるに値する謎になるのならばただ死ぬよりかは報われるのかもしれないとアリアドネは考えたとこらで、ハッとしたように頭を左右に振る。
クリスティアに毒されているが自身が犠牲になり彼女の糧になっても良いと考えることは違う、大いに違う。
(すっかり洗脳されてる!目を覚ますのよ私!私は誰の犠牲にもならないしおばあちゃんになるまでは生きるんだから!)
例え自身が死ぬことになったとしてもそれは老衰の一択!
前世とは違い両親を看取って、出来れば恋人と幸せな家庭を築いて死ぬんだからと考えてフッと思う。