アーデン夫妻とルミット
「ではポネットはその後、どうなさったの?」
「一階の階段下で泣いているのをわたくしが見付けました」
ヘレナ夫人が片手を上げる。
「酷く動揺していたものですから事情を聞いて、ルドルの居るわたくし達の部屋へと連れて行きましたわ。わたくし達毎年一階にお部屋をお願いしております。一階の赤のサロンが今はわたくし達の客室となっています」
「随分と泣いていて給仕が出来る状態ではなかったからな、彼女を部屋に置いて私が厨房へ飲み物を貰いにいったんだ」
「大袈裟ですこと」
金切り声で叱った手前決まりが悪いのだろう。
リンダ夫人が腕を組んで、非難するようなルドルの視線を避けるようにツンっとそっぽを向く。
ただでさえ君主が死んで混乱しているというのに、残った者達でいざこざを起こされたら困るのでその険悪を遮るようにルミットが話し始める。
「俺がディナーの準備をしていると卿が現れて水をくれっていうんで、話を聞いたらポネットが泣いてて動けないから部屋で休ませてるって言うじゃありませんか。流石に招待されてるお客様にメイドのために水を持ってってもらうのは忍びねぇんで仕込みも一段落ついてたし俺が一緒に行ったんです。ポネットもそのままにはしちゃおけませんから」
「丁度その頃に花火が始まったはずだ」
花火の音を聞きながら部屋へと戻りポネットに水を飲ませて、そして花火が終わった頃には落ち着いたポネットを連れてルミットは部屋を辞したのだ。
そして君主の死を告げるために集められるまでルミットとポネットは厨房、ルドルとヘレナは自身の部屋に居た。
「夫人は随分とメイドに親切なんですのね」
「人に親切にすることが悪いことなのか?妻は慈善家として活動しているんだ」
「いいえ、そういうわけではございませんわルドル卿。わたくし、なにか気に障るようなことを申しましたでしょうか?」
「っ!」
「あなた……お止めになって。ごめんなさいこんなことになってしまって苛立っているんです。実はわたくし達、子供を失っておりまして……失ったのは幼い頃なんですけれども今頃成長していればポネットより少し大きいくらいだったものですからつい親身になってしまったのです」
「私達が毎年ここに来るのはこのディオスクーロイの城で子が居なくなってしまったからだ。公はそのことを理解し毎年部屋を用意しでくださっている」
腿に置いた震える拳を握り締めたルドルはこの地に対して深い怒りを持っていながらも無くした子を忘れることができず離れることのできないジレンマを抱え憤っている。
そのやりきれなさを理解しているというようにヘレナはその拳を握り身を寄せる。
いっそのこと忘れられたら楽であろうに。
若いポネットを気遣う悲しい理由が分かり……クリスティアは自身の迂愚さに頭を下げる。
「不躾でしたわ、謝罪いたします」
「良いのです、事情が事情なのですから……」
理解していますと弱々しく頷いたヘレナにクリスティアは感謝を表し頭を上げる。
「そういえば、私達と会ったときお二人は何故二階におられたのですか?」
一階のサロンが客室ならば二階へと上がる理由はあまりないだろう。
遊戯室も食堂も一階にある。
ユーリの細やかな疑問にルドルが口を開こうとしたところでリンダが割って入る。
「私の部屋に招待したのよ、いつだって若者達は年配の者達の話を聞くべきでしょう?」
「えぇ、貴重なお話をお聞かせいただきました」
そうでしょうっと胸を張るリンダに困った顔をしたヘレナ。
きっとその貴重なお話は素晴らしくつまらない話だったのだろうと推察したユーリはアーデン夫婦に同情する。
「では、アーデンご夫妻にとって公はどんな方でしたでしょうか?」
「立派な方だったのではないか、こうして私達が年に一度登城することを許してくださっていたのだから」
「えぇ……そうですね。きっと君主という地位に巡る因果が彼を襲ったのですわ」
アチェットの死を悲しむでもなく、地位ある者の定めであり仕方のないことだと呟いたヘレナは疲れたように瞼を閉じるとルドルへと身を寄せる。
気の弱い貴婦人には到底耐えられない状況だろう。
だがアチェットへのその言葉は随分と冷たいように感じる。
「ルミットはどうかしら?」
「俺は特に……よく食う人なんだなって思ってたくらいで……たまに一人分以上の食事をペロリと平らげてたんで」
厨房で働いていればそれこそ君主と会うことはない。
印象に残っていることといえばそれだけだと肩をすくめたルミットに致し方なしとクリスティアは頷いたのだった。