殺人の発覚③
「どうぞ皆様、わたくしの発言は大いに気分を害するものでしょう。ですが先程も申しましたとおり誰かが逃げたという確証のないこの状況では第三者が侵入したと考えることは非常に難しいのです。この城に居る皆を全員殺すつもりでないのならば公を殺す目的を達した殺人犯人は既に逃げていなければならないのですから」
「この中に殺人犯人が居るというのはあなたの勘違いで、もし全員を殺すつもりの殺人犯人が別に侵入していたらどうするんです?」
「簡単なことですわバート夫人、皆がこの場に集まっていれば問題はございません。殺人犯人は往々にして一人になったところを狙うのが定石ですから。そしてそれはこの中に殺人犯人が居ても同じことです。皆の前で殺人は犯さないでしょう」
「……そう」
忍び込んだ第三者の誰かが殺人犯人であろうとも一カ所に皆が集まっていればおいそれと手は出せないし、この中の誰かが殺人犯人だとしてもお互いの監視になる。
皆の猜疑心を煽るクリスティアの物言いに少しだけ嫌な顔をしながらもリンダは納得したように頷く。
「では塞いだ道の復旧まで無聊でございましょうから皆様にはまず公が殺害されたであろう時間になにをなさっていたのかアリバイの証明をしていただきましょう。わたくし達が公の姿を最後に見たのは二階の赤の客間へと案内されたときです。その後、公は赤の執務室に行くと申しておりましたわねレータ?」
「は、はい。さようでございます」
「ちょっと待て、なんでお前が仕切ってんだ。お前が君主を殺したっていう保証もないだろう」
「この中でストロング公に対して明確な殺害の動機がないのはわたくし達ですしわアント様。わたくし達が公に呼ばれたのは偶然ですし、一国の主を殺害するのに無計画で犯行に及ぶとは考えにくいですので計画性はあったと考えます。偶然お誘いいただいたわたくしたちが偶然にも公の殺害計画を立てており偶然にも殺害が成功した……なんて確率は元々滞在するご予定のあった皆様よりかは低くなるかと思います」
「…………」
「それにわたくしが公にお会いしたのは親善のパーティーでの一度きり、友好国であるラビュリントス王国の者が君主を殺めれば国際問題、エルとアリアドネさんに居たっては本日初めてお会いしたというのに……どうして殺害する必要があるのでしょう?」
「だが保証はないだろ?自国の利益の為に頭を潰すことは一番てっとり早い乗っ取りの方法だ。現に公国は今、自治権をラビュリントス王国に認められているからこそ国家として成り立っているしな。飼い犬みたいなもんだ」
「まぁ、ご自身の国をそのように卑下なさらないで。ディオスクーロイ公国は十分立派な国家ですわ」
「生憎と商売で他国を飛び回っているせいか愛国心なんてないもんでね。ヘリオス商会っていうんだどうぞご贔屓に」
「ご丁寧にご紹介をありがとうございます。ですが確かにアント様のおっしゃる通り、領土の拡大を狙うのならば公国に魅力があるかないかは関係ないですものね。とはいえ国際社会から非難を浴びるであろう開戦の狼煙を上げるのならばもう少し地の利のある土地を狙いますけれども……わたくし達が公を殺害して皆で口裏を合わせている可能性も捨てきれないでしょう。ですがこちらの証人として公国の人間であるレータがおりますわ」
太陽を模った商会の社章の入った名刺を取り出してクリスティアへと傲然と嫌味ったらしく差し出すアント。
アントは準男爵だが交易を生業としており、月の半分以上は外国へと買い付けへ出ているので滅多とこのディオスクーロイ公国に帰ってくることはない。
ディオスクーロイ公国では雪深い土地柄、貴族が商売をしていることが多くそのことにラビュリントス王国より抵抗がない。
クリスティアとアントの険悪であり対等なやり取りを落ち着かない様子で見ていたせいか急に名を呼ばれたレータはビクリと肩を震わせる。
「わたくし達が公と別れてからはレータがずっと一緒でしたわ。そうでしたしょう?」
「……はい、間違いございません」
「レータとわたくし達は本日が初対面であり、それはこちらで共に働かれておられる皆様が証明してくださることでしょう。レータ、あなたは生まれてから本日までラビュリントス王国へ来たことはございますか?」
「……ございません」
「では、ご親族やご友人が王国においでということは?」
「……おりませんお嬢様」
「お聞きした通りです」
クリスティア達の無実は共に居たレータの無実にも繋がるので否定無く肯定するレータだがその表情は強張っており、巻き込まれたくないという気持ちがありありと浮かんだやや俯き加減でけっして明るいものではない。
どうしたってクリスティア達とアチェットの殺害は繋がらないのだとレータの証言を元に証明すれば納得したように舌打ちをしたアントは黙る。
「反証はよろしくて?ではこのような状況ですし警邏隊を大人しく待つよりかはこの殺人事件で皆様が不安に思っていることを少しでも解消出来るように、解ける謎は解いておきましょう。お恥ずかしい話ですけれどもわたくしラビュリントス王国では分を弁えず数々の事件を解決してまいりましたのでお力になれることも多いかと思います。どうぞ皆様、わたくしが問うことには嘘偽り無くお答えいただけましたら幸いでございます」
自ら探偵役を申し出たクリスティアは緋色の瞳を細めてニッコリと場違いなほど綺麗に微笑むと軽く頭を垂れる。
その、この城の隠された謎を全て解き暴くつもりであると皆に訴えかける怪しい笑みは美しさの中に得体の知れない不気味さを感じさせ、この場に居る者達に緊張感を与える。
探られたくない腹の内まで探るようなその無邪気な少女の純真であり真摯な瞳は例え誰がどんな嘘偽りをその口から吐き出したとしてもたちまち見破ってしまうのだと脅されているようだと感じさせる。
「あぁ、そうだわ。クリスティア・ランポール……新聞でその名を見たことがあります。えぇ、確か最近では何処かのご令嬢が殺された事件を解決したと記憶しているわ……ということは婚約者のあなたはラビュリントス王国の王太子というわけね。ごめんなさいね、このような状況だから名前だけではピンとこなくて」
「いえ、この状況で身分はそれほど重要ではありませんから」
「まぁ、ご存じいただけているようで幸いですわバード夫人。あの事件はたまたま関わることになったものですから僭越ながら解決へと導かせていただきました」
「……そう、あなたが……私のことはどうぞリンダと呼んでくださるかしら?えぇ、そうね。全てあなたにお任せしましょう。あなたならきっとなにが起きたのか真実を示して下さることでしょう」
「ではわたくしのことはリンダ夫人を含め皆様も親しみを込めてクリスティーとお呼び下さい」
ユーリへの不遜な態度を皆に改めさせるようなリンダの威厳ある声音。
誰の胸にもクリスティアが関わることへの納得できない不満や不安はあるものの一番の年長者であるリンダが頷いたことにより、不承不承ながら皆が納得する。
それに感謝を示したクリスティアは今度は深く頭を垂れ、緊迫感の中で誰も望んではいない親しみを乞うのだった。