殺人の発覚②
「……警邏隊には……警邏隊には届けられたのですか?」
次にリンダが言葉を口にしたとき、その声音は喉になにかを押し留めたような絞り出すような声音だった。
君主の死はとても深い衝撃だったのだろう。
「そ、それが道が通れず電話も通じなくなっておりまして……」
「リンダ夫人。こちらはわたくしの侍女でルーシーと申しますけれども、彼女がこちらへ向かうときに道が雪崩で塞がり通れなくなってしまったとの報告を受けております。その関係で街の警邏隊に人をやることも出来ず電話も不通となっております。城にいる警備の者達にもいらぬ動揺が広がることを避けるためにまだお伝えはしておりません」
「観光かなんなのか知らないがあんなくそみたいな雪の積みかたしてるからこんなことになるんだ!」
誰がが悪いわけではないのだが申し訳なさそうに平身低頭を持ってスターマンが現状を告げ、クリスティアがその補足をする。
現在ラビュリントス王国や他の大国では風魔法を主とした電話が主流となっており、通信型の魔法道具に自身の風魔法を登録し、同じ通信型の魔法道具へとその声を乗せて送るというものが広く使われている。
それを使用していれば雪崩で道が遮られたくらいでは電話が不通とはならなかっただろう。
だがこのディオスクーロイ城で使用されている電話は旧式の魔法道具を使用しており、雷の魔法を電線に通して声を送るというものなので風魔法を使用した電話と違いその電線が切れると不通となってしまう。
恐らく雪崩の影響で電線の何処かが切れてしまったのだろう。
遺体を見付けてから自分達を集めるだけで現状なにも出来ていない状況に、暖炉の近くにある椅子にドカリと座ったアントが苛立たしげに足を揺する。
「どうぞ皆様、不安な気持ちもございますでしょうが……考えようによっては幸いであったと思うことも出来ますわ」
「幸いだと!?人が死んでるんだぞ!!」
「えぇ、そこは不幸以外のなにものでもございません。けれども次の犠牲者に自身がなるのかどうかを考えたときにストロング公の遺体を早期に発見出来たことはまさに思いがけない幸運だった……というわけです」
「思いがけない幸運!ハッ!いかれてんのか!」
「いい大人が年若い者に向かってそのような物言いはお止めなさい。つまりあなたはなにが言いたいのかしら?」
「つまりバード夫人、ストロング公を殺害した殺人犯人は何処にも逃げられなかったということです。雪崩で道が閉ざされたこのクローズドサークル!公を殺した殺人犯人は今、集められたこの人々の中に居るのです!」
外では強い風が吹き荒れているのか窓がガタガタと揺れこの状況を口にするたびに抑えきれないとばかりに身を震わせるクリスティアの興奮を煽る。
この子羊の群れの中に牙を隠した狼が紛れ込んでいるのだ。
疑うように一人一人を緋色の眼で見回し誰がどんな反応をするのかをクリスティアは笑みを深め注意深く見つめる。
「なにをっ……!」
その不躾な態度に燃え上がるような憤りを瞳へと浮かべたアントが怒りをあらわに。
「なんと……恐ろしいこと……」
このディオスクーロイ公国に降る雪のように冷静にクリスティアを見つめ返すリンダ。
「どうしてこんなことに……」
「大丈夫です、きっと大丈夫ですから」
「……スターマン、私達は一体どうなるのですか?」
「今はまだなにも分かりません、成り行きを見守りましょう」
「…………」
明日から自分達の生活がどうなるのか分からないせいか動揺するポネットを慰めるミシェル、そして不安げにスターマンへと問うレータ、ルミットは黙ったまま警戒するようにクリスティアを見つめている。
アチェットの死を必要以上に嘆くこともなく、殺人犯人がこの中に居ると疑われるていることに緊張感を漂わせるだけでクリスティアの意見に反論はなく……皆、自身が疑われるような不用意な発言をしないようにと警戒心だけをただただ強める。
その中でクリスティアと目が合った途端、真っ青な顔をしたヘレナは予想外の事態に落ち着こうとしたのか、冷めているであろう紅茶の注がれたカップに腕を伸ばす。
だが手が震え思うようにカップは持てずカチャカチャとソーサーに当たり音を立てる。
俄に騒がしくなったといっても一様に小声の中で、その音はやたらとクリスティアの耳へと響く。
その音を止めるため、震えるヘレナの手をルドルが眉を顰めた悲しそうな瞳で見つめると落ち着くようにと自身の手でそっと覆う。
「すまない不愉快な事態に妻の気分が優れないようだ、部屋で休みたいのだが……」
「いいえ、それは承諾出来ませんルドル卿。わたくしこの中に殺人犯人が居ると極論を申しましたけれども、もしかすると全く知らない第三者である殺人犯人が何処かに潜んでいる可能性もあるのです。例えば今、滞在されている皆様のお部屋のクローゼットの中に隠れている……なんてこともあるかもしれません。とはいえ確率は低いでしょうけれども。ここを離れては危険ですわ」
「私は騎士だ。妻を守りながらでも賊の一人や二人討つことは出来る」
ナイトの称号を持つルドルなので腕前に自身があるだろう。
忍び込んできた賊くらい倒せると豪語するのは大変頼もしく結構なことなのだが、それは一つの不安要素なだけであって他にも懸念することがあるからこそクリスティアは引き留めているのだ……。
回りくどく言っても伝わらないと理解したクリスティアは困ったように頬に手を当てる。
「そうですわね、騎士であらせられるルドル卿の心配はしておりません。華麗なる御業でご自身の害となる障害は斬り伏せることでしょう。ハッキリと申し上げましょう。卿がストロング公を殺していないとどうして言い切れるのでしょう?奥様を部屋へ連れて行くといって殺した証拠を隠滅しないと何故言い切れるのですか?それに警備の者達はあなたの部下でしょうから公が殺された時間の際の口裏を合わせることも可能ですし。同じように奥様が公を殺していないとどうして言えるのでしょう?」
「私を疑うのならまだしもこの城を警備する私の部下達や妻を疑うとは!?」
「いいえ、厳密に言えば部下の者達は疑っておりません。何故ならば警備の者達には我が国の騎士達が共に付き添っていたからです。連れて来た騎士達より少ない人数でしたので驚きましたわ。共にいたほうが警備上都合が宜しいかと思いましたのでそのように致しましたし、溢れた我が国の騎士は二人一組で警備に当たっておりす。ご説明が必要でしたら今、入り口で待機しております我が国の聖騎士に説明させますが」
「貴様っっ!!」
「やめて!大丈夫だから、大丈夫よ」
いつの間にそのような采配をしていたのか、全く知らなかったユーリは驚く。
まさか自分達が疑われているとは思ってもいなかったのだろう。
カッと顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべたルドルはユーリとエルに守られるクリスティアへと向かって歩みでようとする。
この公国の騎士に対する酷い侮辱に、凄んで脅し文句の一つでも言うつもりだったのかもしれないが……その文句が口から出る前に腕を引いたヘレナによってその怒りを止められる。
「申し訳ございません、大丈夫ですわ。ここにおります、おりますわ」
青白い顔をしたまま胸を押さえて弱々しく頷いたヘレナの姿を見て少し冷静になったのだろう、クリスティアを睨みつけたルドルはソファーへと大人しく腰を下ろし妻の細く弱々しいその背を落ち着くようにと優しく撫でる。