花火の終わり④
「あの、すぐに警邏隊に連絡を……」
「クリスティー様」
スターマンが戸惑いと懇願の入り交じった表情を浮かべてなんとか気丈に振る舞おうとユーリへと伺いを立てる。
客人を置いてこの場を離れることに抵抗があるのだろう。
職務に忠実なのは結構なことだが状況が状況なだけに聞かずとも行動しても良いとユーリが口を開こうとしたところで、自分達以外誰も居ないと思っていた廊下の先から突如として声が上がりクリスティア以外は皆一様に驚きで体をビクリと震わせる。
一斉に声のした方向を皆が見ればそこには、厚い外套を羽織ったルーシーが鼻頭を赤くして佇んでいる。
まるで雪の中で遊んだ子供のように外套には白い雪が解けずに粉のように至る所に付いており、その表情はクリスティアには分かる程度に幾分疲れている。
「まぁ、ルーシー。すぐに戻るからホテルでゆっくりしていなさいと言ったのに……どうしたの?」
「申し訳ございません。ですがクリスティー様が城へと向かった直後に街へと続く道が雪で塞がったとの一報が届きましたので心配になり……単身こちらに参りました」
「そ、そんな!」
ルーシーの言葉に慌てたスターマンが廊下の窓へと近寄るが、外を見たところで広がるのは暗闇ばかり……遙か先の道の状況など見えるはずもない。
「外は暗くなっておりますし出られないほうが賢明かと思います。こちらに来る前に警邏隊など各所に連絡はしており、私が向かう頃には数名が確認作業をしておりましたので……遅くても明朝には馬車が通れるようになるかと思います」
祭りで人手が少なく、人的被害がない。
城に行く以外は使用しない道であり、日が落ちての作業は逆に危険だということで除雪への取りかかりも遅いことは過去にも同じようなことが何度かあった経験からスターマンも理解しており、こんなときに限ってっと肩を深く深く落とす。
「まぁ、あなたったら雪の中をかき分けてきたのルーシー?」
「私の主がこちらにおられますので来ないわけにはまいりません。迂回路は徒歩で来られましたので少し時間が掛かり遅くなってしまいました」
「う、迂回されて来られたのですか?」
「えぇ」
「そちらから私達が街に降りるのは無理なのか?」
「……王太子殿下が勇猛果敢に挑戦なさりたいのでしたらお止めはいたしません。ですがその場合はクリスティー様とわたくしはこちらへ残らさせていただきます」
「分かった、それはつまり私達で行くのは難しいということだな」
唾を吐き捨てるように応援していますと冷めた視線と抑揚ない声音で声援を贈るルーシーの、クリスティア以外はどうなろうと知ったことではないという意思の透けて見える投げやりな態度にユーリは徒歩での帰途を諦める。
それが賢明な判断だろう。
スターマンが知っている街から城までの徒歩の道は騎士や警邏隊ですら通りたがらず、本来ならば一介の侍女が無事に通りきれるような道ではない。
昔、まだ馬車の道が整備されていない頃に使用されていた道で馬車の道が整備された後には使用されずすっかり獣道となっており、人一人しか通れない断崖の道には今の時期、雪庇も出来ており道を間違えて迷い込んだ旅人が道があると思い込んで足を踏み外して転落……なんて事故もある非常に危険な道なので雪が降り積もるこの時期には立ち入りが禁止されている。
「寒かったでしょう、あなたったら雪だるまのように服が真っ白だわ。怪我はない?」
「はい、ございません」
冷たくなっているルーシーの手を暖めるように握り、雪に塗れていているだけでその身に怪我がないことに安堵し花丸だと微笑んだクリスティア。
その微笑みに最高の誉れを受け取ったかのように身を震わせたルーシーは凍えそうなほど寒かったその身が一瞬にして沸騰したように熱くなる。
「では取り敢えず、ここは絶海の孤島となったわけですわね。誰も逃れられないクローズドサークル!まるで、そして誰もいなくなったの舞台のように!」
一人一人と殺され最後には誰も居なくなった……そんな舞台。
なんて素晴らしいのだろうと興奮したように身を震わせるクリスティアがなにに興奮して、なんの話をしているのか……さっぱり分からないがいつも通りクリスティアにしか分からない口癖のように言う敬愛する探偵と同じようなことで喜んでいるのだろう。
事件に関われたことに興奮しているのだろう場違いな感情の高ぶりに、ユーリが眉を寄せる。
「どういうことだ?」
「今、この城は街から隔離された状態にあるということです。馬車が通る道は雪崩によって塞がり通れず、徒歩で街へと降りる道はルーシーが通ってきたのです。殺人犯人が公を殺し逃げたのならばルーシーと鉢合わせしていたはずでしょうが、誰ともすれ違わなかった……そうでしょうルーシー?」
「さようでございます。私以外の人も足跡もございませんでした」
「つまり……」
「つまり公を殺した殺人犯人は今だこの城の中にいるということですわ」
「そ、そんな!」
この城に居る誰かが間違いなくこの公国の主を殺したのだ。
そう告げる緋色の瞳に、スターマンが悲鳴のような声を上げる。
「わたくしが拝聴していた小説にこういった状況で集められた人々が全員殺されるという内容のものがございましたわ。なのでスターマン。一人の人が犠牲になった今、次の犠牲者が出ないように皆様を一カ所へと集めましょう」