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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
双子祭りの生け贄
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花火の終わり②

「失礼いたします君主様」


 迷うこと無く鍵を選び、薄ら光りの漏れる鍵穴に差し込むとそれを回し扉を開く。

 返事が無いのに扉を開いてしまった緊張感を抱えスターマンが怖々と中へと入れば予想したような怒鳴り声は響かず……。


 それにホッと息を吐き視線を真っ直ぐ奥へと向ける。


 室内は廊下より明るいものの中央のシャンデリアに明かりは灯っておらず、壁のいくつかのブラケットランプと書斎机のテーブルランプだけに明かりが灯っている。

 中央に長机と数個のソファー、その奥に重厚な執務机とこちらに背もたれを向けている黒い皮の椅子。

 執務机には書類が積まれ紅茶の注がれたカップが置いてある。

 変わったデザインのその椅子の背には銀の角が赤い色に染まった悪趣味な装飾がされている。

 背もたれの端にアチェットの後ろ姿が少し見えており、その先の窓はカーテンが開かれて外の暗がりを映してる。


 もしかすると窓ガラスに映る花火を見ていたのかもしれない。


 あの花火の大きな破裂音を聞いた後ならば大抵にしてどのような音も小さく聞こえづらくなるというもの、終わった花火の余韻に浸っているのならば尚更スターマンの声に気づかなかったのだろう。

 部屋の中で倒れているなんてことにはなっていかったので誰もが安堵し、その背もたれへとスターマンが近寄る。


「君主様、申し訳ございません。お返事がございませんでしたので……」


 スターマンが怖々ながら声を掛けながら近寄るが、しかし一向に返事がない。


 この距離でも聞こえないとは……。


 何処からか聞こえる水が落ちるピチャリピチャリとした音は部屋に響くようにしてよく聞こえているというのに自身の声は届かないのかと、自分より若い君主はまだ耄碌する歳でもないだろうにと訝しみ横へと歩み寄る。


「ひっ!?」


 最初はあまりに反応がないので眠っているのかと思っていた。

 だが覗き込むように見たその横顔は瞼を開いて窓を見たまま固まっている。


 それが異常な状態であるということをスターマンが気が付いたのは視線を下へと向けたときだった。


 全身に一気に鳥肌が立ち、膝が震え、体がその場から逃げようと無意識にのけぞり、縺れた足に尻餅をつく。

 短い悲鳴を上げることは出来ても震えた喉は言葉を発することが出来ず、辛うじて動く腕を上げて震える指で自身の君主を指し示したスターマンに皆が何事かと近寄る。


「ストロング公!」


 そこにはまるで悍ましいなにかを見たかのように瞼を見開き、悲鳴を上げようとしているかのように薄く唇を開いた姿のアチェットが椅子に全ての体重を預けて座っている。


 いや、座っているのではない。


 腹から入った剣が背に向かって貫かれ、体を串刺しにしているのだ。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 このピチャリピチャリと響く水音は椅子を貫いた剣から執務机に乗せられた紅茶のカップの中へと血の雫が滴り落ちている音なのだと理解した瞬間、顔を両手で覆い遺体から視線を逸らしたアリアドネが悲鳴を上げる。

 その悲鳴に、咄嗟にエルはその惨劇から視線を遮るようアリアドネの前に立つと剣の柄から落ちて広がったのだろう血溜まりに濡れる床を見て息を呑む。


 尻餅をついたまま茫然とするスターマンに、気丈にもそれが本当に死んでいるのか確認するためにアチェットに触れようと近寄るユーリ。

 それをこの中で一番、落ち着いているのだろうクリスティアが止める。


「殿下、あまりお触りになられないほうが宜しいかと思います。犯罪現場においてその場を乱すことは殺人犯人を捜す手がかりを無くすこととなりますわ」

「あぁ、だが生死だけは確認しなくては……」


 もしかするとまだ息があるかもしれない。


 誰が見ても絶望的な状況なのは分かってはいるが万に一つなにかの冗談で、アチェットが死んだふりをしている可能性もあるかもしれないと……ユーリは震える手で肘掛けに乗っていたアチェットの左腕の脈を取るがその腕に温もりはなく、ピクリとも脈は振れない。


 無情にもその命は切れているのだと伝えている。


「……間違いなく亡くなっているな」


 誰の見間違いでもなく胸を一突き貫かれてアチェットは亡くなっているのだ。

 ユーリの重苦しい一言に遺体を見ないように俯いてきつく瞼を閉じていたアリアドネがうっと短い呻き声を上げて前に居たエルの腕を支えにするようにして掴む。


「大丈夫ですか?」

「ご、ごめんなさい」


 尋常ではないほど真っ青な顔をしたアリアドネにエルは構わないというように力を込めて支える。


 アリアドネが遺体を見るのはこれが初めてだ。


 ゲーム画面では感じることの出来なかった濃く強く香る血の匂い。


 薄く開いた瞼の先には床に広がる赤い血溜まりがどんどんと大きくなっていきこちらへと進み寄ってきている気がする。


 現実とはこんなに悍ましいものなのか!


 もう一瞬たりとも見ることのできない本物の遺体にアリアドネの背筋は凍り、全身に鳥肌が立つと気分が悪くなる。

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