ディオスクーロイ城①
日も傾き始めた時刻。
アチェットが用意をしてくれた青と赤の二台の豪奢な馬車に乗り込み訪れたディオスクーロイ城。
別名、氷晶の城と呼ばれるその白亜の城は小高い崖の上に建つシンメトリーの美しい城で……祭りで賑わう街の喧騒を少しばかりその身に反響させながらも意に介することもなく、降り積もった雪のように悠然としながらも気高く公国を見下ろしている。
城までの道中は馬車が埋まるほどの積雪が雪のトンネルのように道の左右に堆く積まれていたが(公国に来る客人を楽しませる趣向としてそのようにしているらしい)、前庭は街と同じように雪が溶けるよう魔法道具を使用しているようで雪は庭に飾られた彫刻に少しばかり積もっているくらいしかない。
公国では寒さで華やかな草花を育てることが難しいぶん前庭には洗練された彫刻が数多く飾られている。
その白と黒の感情のない彫刻達を夜に見れば驚きそうだと、不気味な気持ちでアリアドネは見つめながら外階段前に停められた馬車を一同が降りる。
クリスティアが御者にお礼を告げているのだろう、なにやら話していたところで黒い燕尾の執事服に身を包んだ白髪頭の初老の男性が現れて恭しく頭を垂れる。
「ようこそ、おいでくださいました。執事のスターマンと申します。君主様が中でお待ちでございます」
「ジョーズ卿は待機しておいてくれ」
「畏まりました」
「後程、待機部屋へご案内させていただきます」
「お心遣いに感謝しますが警備の関係で少し見て回りたいのですが、宜しいですか?」
「勿論、構いませんが……立ち入りを制限している場所もございますので、メイドに案内をさせます。少しお待ちください」
「では、先に庭を見て回っております」
執事であるスターマンが一人で出迎えをしているのを見るに使用人は本当に限られているのだろう。
現状、警備兵の姿すら見えない。
そのことに少し違和感を感じながら、護衛騎士であるジョーズへの待機命令はイコール城になにか怪しいところがないかの偵察も含まれている。
メイドを付けられ自由に探索が出来ないことを少し残念に思いながら、了承して下がったジョーズと離れて皆、城の中へと入る。
ダンスホールも兼ねているのだろう広い入り口すぐの玄関の間の中央大階段の先にはレストランに飾られていた物と大きさから存在感までまるで違う……暗い背景に威厳と風格を携えた厳しい表情のアチェット・ストロングの上半身の肖像画が飾られている。
全く同じなのは作者だけだ。
「うわぁ……大きい肖像画だねクリスティー」
「えぇ、そうね」
眼光鋭いその肖像画に睨みつけられているような気がしてクリスティアの後ろに一歩下がり、その背に隠れるようにして見つめるアリアドネ。
前世の頃にユーリのポスターを壁に飾ったりしていたので肖像画だろうとポスターだろうと絵の視線には慣れているはずなのだが……。
これほど大きい肖像画を見る機会は今世の人生では無かったし、ユーリのポスターはもっと優しげな暖かみのある表情が多かったせいかなんだか久し振りに見る絵の尊大な視線に違和感を感じる。
顰められた眉に結ばれた唇、あまりの大きさに手入れも一苦労なのだろう首に付いた黒い小さな汚れが目立つ。
怖いと感じるのは白鳥の卵からの帰りに見た穏和な表情のアチェットの肖像画とはあまりにも違って見えるからかもしれない。
「こちらの肖像画は先のストロング公であらせられるのかしら?」
「いいえ、現君主様であらせられるアチェット様でございます」
「まぁ、そうなのですね」
入り口の一番最初に目に入る肖像画は不埒な考えを持つ身内や他国の使者達を威嚇し牽制させる役割もあるので厳めしく邸の主を描くのが常だ。
公国でも例に違わずアチェットが新しい君主となった時点で先の君主から現君主の肖像画へと変更している。
貴族の令嬢ならば知っていて当然のことを何故聞くのかとスターマンが不思議そうな表情を浮かべるが、アリアドネが小声で色々と聞いているのでその返答ついでに聞いただけなのかもしれない。
それにこの肖像画は威厳という怖さを本人以上に醸し出しているので、別人と捉えても確かに仕方のないことなのかもしれない。
今のアチェットはこの肖像画を描いた頃より厳めしさを感じ取れなくなっているのだから。
「もっと雰囲気の良い絵を飾ればいいのに……怖くない?」
「入り口に飾る肖像画は厳としているのが常ですから。あなたがそう感じたのならばそれは描いた画家に才能があったということですわ」
「ははっ、随分と尊大に見えるので別人のようでしょう?」
アリアドネはクリスティアだけに耳打ちをしたつもりだったのだろうが思いの外、ディオスクーロイ城の玄関の間は音が反響するらしく。
小声であったそれを耳に入れたユーリが困った表情を、エルが呆れた表情を浮かべ、クリスティアは言葉を無礼でないように言い換える。
そしてホールにカツカツという杖の音を響かせながらアリアドネの耳打ちを聞いたらしいアチェットもその意見に賛同だと笑いながら左手の廊下から現れる。
「お待ちしておりました皆様」
「お招きに感謝しますストロング公。素晴らしい馬車も準備してくださり、道中快適に来ることが出来ました」
右手を差し出したアチェットとユーリが握手をし、簡単な挨拶を交わす。
「お聞きになられていたなんて……申し訳ございません。わたくし達、若輩者で審美眼を持ち合わせておりませんのでお恥ずかしいですわ」
「す、すいません!」
「いいえ、いいえ。私もこの肖像画を見る度に自分でないような気がして震え上がってしまいます。この前も驚いて足を踏み外しそうになってしまったくらいですから……レディの言うように雰囲気の良い、そうですね風景画でも飾ればよいのでしょうがそれは道義に反することのようで変えられないのです」
少女達の感じた威厳や威圧感は尤もなので気にしていないというようにアチェットは似ていないと賞された肖像画を見上げるが、瞳を怯えたように揺らすとすぐに視線を逸らし気持ちを切り替えるように客人達へと視線を向ける。