レストラン「白鳥の卵」③
「そうでした、王国のご寄付のおかげで新しく孤児院と学校を建てることが出来ましたのでお礼をと思っていたのです。ありがとうございます。王国の支援のおかげで我が国の教育が一段と発展することでしょう」
「いいえ、ディオスクーロイ公国はラビュリントス王国にとって重要な友好国ですので支援は当然のことですから。公国のこの一年の発展は目を見張るばかりなのでこちらも現状にあぐらをかかずに見習わなければと思うばかりです」
(支援金の使途が不明だとウエスト卿が言っていたが……杞憂だったのか?)
実はユーリが急な公国行きを滞りなく決められたのはハリーの父親であるウエスト宰相からここ十年の公国の支援金使用に不審な点があると聞いたからに他ならない。
ラビュリントス王国とディオスクーロイ公国が交流を始めて四十年程。
今日まで公国を信頼し、変わらぬ支援をし続けてきた王国にとって発展のため以外に支援金が使用されているというのは裏切り行為に他ならない。
なので新しく出来たという各施設が本当に存在するのか怪しい箇所がないか、ユーリは連れてきた騎士達に内密に偵察させていたのだが(だからこそ公国に訪問を黙っていた)……これといって不審な点はないと報告を受けている。
こうしてアチェットが支援金のことを躊躇いなく口に出す辺り、取り越し苦労だったのかもしれない。
「感謝いたします。本日はこの後、祭りにご参加ですか?」
「えぇ、そのつもりです」
「宜しければ祭りの始まりは我が城にいらっしゃいませんか?城は街を見下ろす形で建っておりますので、テラスから始まりを告げる花火が綺麗に見えますし人混みも避けられます。お恥ずかしい話ですが祭りの時期は治安が悪化しますので花火に気を取られてスリなどが横行します。公国ではまだ王国のような警察組織は作られておらず警邏隊が治安を維持しておりますが現行犯逮捕以外では罪を罰することが中々難しいものですから安全面を考えても城での観覧をおすすめします」
公国では犯罪行為自体が少ないせいか王国にある対人警察や対魔警察のような犯罪を暴くための捜査機関や技術というものがまだ確立していない。
犯罪を罰する法律はありそれに乗っ取って軽微な犯罪には罰を与えているものの殺人などの重大な犯罪の場合は裁判を行うわけではなく公国の主であるアチェットが直接裁きを行っているのだ。
「いえ、そんな……護衛でしたらこちらにもおりますし」
「まぁ、素敵だわ。ねぇ殿下、是非そうしましょう?わたくし人の多い中で花火を見るのは嫌ですわ。スリだって怖いですし。城からこちらの街まですぐ戻って来られるのでしょう?」
「えぇ、馬車で30分かかりません。ただ祭りの日は特別な客人を数名招待しているだけで使用人達を最低限にしておりますのであまりお構いは出来ませんが……」
「問題はございませんわ。花火を見るだけですもの。ねぇ、殿下?構わないでしょう?」
「だが……」
いや、いっそのこと内部を探れるチャンスだと思うべきか?
人間やましいことがあれば自分のテリトリーに隠したがるものだ。
名目上の休暇と疑惑の偵察を天秤にかけながらどちらを優先すべきか大体の答えは決まっているものの自分一人ではないのだから勝手は出来ないとユーリが悩んでいれば、後押しのように机に置いていたその手へと自身の手を重ねて真摯な瞳で懇願するクリスティアにユーリは溜息を吐く。
クリスティアはこういう、自分の意見を通そうとするときだけユーリに対して婚約者という地位をフルに活用するのだ。
「分かった。皆はそれでも構わないか?」
「構いません」
「は、はい!」
「嬉しいわ、どうぞ宜しくお願いいたしますストロング公」
「えぇ」
拒否したところで無駄なのことは分かっているしユーリにとってもチャンスだ、祭りの始まりは城で向かえることが決定となる。
そうとなれば夕方に、ホテルへとアチェットが馬車を向かわせるとのことなのでそれを了承して……暫く楽しく歓談したのちマーガレットが表で待っているとルーシーに促されたことによってアチェットと別れたのだった。