レストラン「白鳥の卵」②
「お久し振りですユーリ王太子殿下。ご友人方々も。ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません、来られていることを先程知ったものですから」
「お久し振りですストロング公。私的な旅行ですのでご連絡を差し上げると気を遣われるかと思ったものですから差し控えさせていただきました」
ユーリが立ち上がりアチェットに近寄れば杖を持ち替えて右手を差し出されるのでその手を握り握手をする。
どうやら見た目よりは年老いていないらしく、緊張しているのかその手は少し冷たかったものの握った力は悪気はないのだろうが力強い。
「そうでしたか、でしたら若い方々の邪魔をしてしまいましたね」
「いいえ、そのようなことはございませんわストロング公。ご挨拶でき光栄です。あちらは私の義弟のエル・ランポール、隣が友人のアリアドネ・フォレスト令嬢です」
「ストロング公にご拝謁いたします」
「ご、ご挨拶いたしますストロング公」
自然な動作でユーリの隣に立ち、挨拶を交わすクリスティアに紹介され頭を下げるエルとたどたどしい挨拶を返すアリアドネ。
こういうとき、まともな挨拶を返せない平民であるアリアドネとは違い所作や言葉遣いが堂々としているクリスティアは貴族であり王太子殿下の婚約者なのだと窺い知れ、その美しさにアリアドネは見張れそうになる。
「お食事は終えられましたか?」
「えぇ、丁度。公国の料理はどれもとても素晴らしかったので一人シェフを連れて帰ろうかと思っていたところです」
「あら殿下、我が家にも一人欲しいと思っておりましたのでお二人お連れになりません?」
「ははっ、それは困りました。公国の料理人が居なくなってしまいますので連れ帰るのはどうぞご勘弁ください」
「だそうだクリスティア。公に迷惑をかけては陛下に怒られてしまうので諦めるとしよう」
「まぁ、残念ですわ」
「折角ですしお茶をご一緒にいかがですかストロング公?」
「いえ、そんな……」
「ご遠慮なさらないで。ルーシー、椅子を一つご準備さしあげて」
「畏まりました」
「ではお言葉に甘えましてユーリ殿下。ありがとうございますレディ」
「まぁ、わたくしのことはどうぞクリスティーとお呼びになって」
新しく準備された椅子を入り口の近く、ユーリとエルの席の間に置いて、アチェットが座ると同時に一同も着席する。
「前回お会いしたのは確かラビュリントス王国で行われた各国との友好記念のパーティーででしたね。そういえば王都にタウンハウスを買われる予定だとおっしゃってましたが……あれから良い物件は見付かりましたか?」
「あぁ……そうでしたかね。歳を取ると忘れっぽくなってしまって……物件はまだ」
去年の友好記念のパーティーで挨拶をしたときに良い物件があったら教えてくれと、王都を起点にして社交を増やし他国との交流を増やしたいのだと言っていたのだが……。
ディオスクーロイ公国の大公が他国へと出るのは年に一度のあのパーティーだけだ。
他国との交流を極端に厭う閉鎖的な公国から出ることのない幻の君主が社交の幅を広げるつもりだと話していたので王国としても喜ばしいことだと陛下と話していたというのに……。
なんだかあまり乗り気でなくなった様子に、望んだ他国との交流が再び塞がれることとなるかもしれないなと残念に思う。
(そういえば去年は杖をついていなかった気がするのだが……病気でもして気が弱ってしまったのかもしれないな)
この一年で酷くやつれているようだし。
社交への気力ももしかするとそれで無くなってしまったのかもしれない。
体調の善し悪しを直接聞くのは憚れる、アチェットも聞いて欲しくない気まずそうな雰囲気を醸しているのでそう推測するだけに留めたユーリはルーシーが入れてくれた相変わらず渋い紅茶を苦い気持ちで飲み込む。
「そういえば殿下がこちらに居られると、どなたからお聞きになられたのですか?」
エルが問えばアチェットが気まずそうな雰囲気を取り繕うように笑みを浮かべる。
「あぁ、実はこの店は私が特別懇意にさせていただいておりますので……気を利かせた支配人が別の部屋で食事をしていた私に連絡をくれたのです」
「そういえば入り口に公の素敵な肖像画が飾られておりましたわね、作者はエイミー・レイルでしょうか?」
「よくご存じで、公国に宿泊の折りに書いていただいたのです。恥ずかしいから飾るのを止めてくれと言っているのですけれどオーナーが頑として受け入れてくれなくて……若い頃の肖像画なので今とは似ても似つかないでしょう」
「まぁ、そんなことはございません。笑んだ顔などは肖像画のお姿そのままですわ。ねっ?あなたもそう思うでしょう?」
「えっ!?う、うん。そっくりですよ!双子みたいです!」
「……そう、ですか?数少ない肖像画なので、それは良かったです」
アリアドネはあの肖像画と本人とを比べ、時の流れの残酷さを思ったのだが……全然似てないわ老けられましたね!なんて本心は口が裂けても言えないのでクリスティアに促されて慌てて頷く。
若い頃の肖像画と似ていると言われてアチェットは喜ぶかと思っていたのだが……想像に反して強張った顔をするので、なんとなくアリアドネが失礼なことを考えていると気配で察したのかもしれないと内心焦るが、その表情は一瞬ですぐに笑顔に変わる。