双子祭り⑤
(本当に一つ一つ容姿が違うな)
あれは王城で働く厳つい騎士に似ているし、隣のは愛らしい末の妹に似ている。
店の一番奥の左手側、壁の棚に座るようにして飾られたその末の妹に似た人形を手を伸ばして取ったところで、メアリーの座る椅子の横にある小さな三段ほどの本棚の三段目の中にガラスケースに飾られた人形が並んでいることに気付く。
「ははっ、皆に良く似ているな」
少しだけ古いそれは店内からは見えず、隠されるようにしてメアリーの横に置かれている。
少しだけ大きい人形が四体と小さい人形が三体の計七体。
大きな人形の間にそれぞれ小さな人形が交互に配置されている。
この人形達がメアリーの家族だと思ったのは真ん中の小さな人形がマーガレットに、その手を繋ぐ右隣の大きい人形がメアリーによく似ていたからだ。
メアリーの左横にはアメットに良く似た小さな人形もあり、本当にそっくりだとユーリは思わず柔らかい笑みを溢す。
「ふふっ、ありがとうございます。私が初めて作った人形なので不格好でお恥ずかしいですわ」
「失礼でなければご主人は?」
「亡くなっております。アメットの隣に居るのは主人に似せて作った思い出の人形です」
「アメットさんに似ておられますのね」
その視線に気付き懐かしげに瞼を細めて一番右に置いてある大きな一体の赤茶色の髪の人形を見つめるメアリー。
クリスティアも興味を持ったのか、ユーリの側に近寄りその家族人形を見つめる。
アメットは母似だとマーガレットは言っていたが人形だけ見ると父親に良く似ている。
とはいえ家族の欲目から見ると性格などを考慮するのでそういった点ではメアリー似なのだろう。
メアリーの隣にある幼いマーガレットに模したその人形の首には赤色のリボンが結ばれておりとても可愛らしい。
アメットをからかっていた今のマーガレットとは別人のような少女らしい愛らしさだとクリスティアは笑む。
「マーガレットの隣のご家族はどなたでしょうか?」
「えぇ、こちらは……特別親しくして頂いていたご家族です。マーガレットを娘のように思ってくださっているので……」
マーガレットの左隣にある大きな女性の人形を見て、はて何処かで見たことのある人形だとクリスティアが思う。
何処で見た姿だったかしらと考えていたところで、三体の人形を持ったアリアドネがメアリーへと近寄る。
「あの、お金ってラビュリントスの通貨じゃ駄目ですよね?」
ラビュリントス王国では面白いことに通貨が円だ。
ゲーム内で買い物も出来たせいか課金するのに分かりやすいように円にしたのだろう。
アリアドネがこのアリアドネの糸に転生して良かったと思うことは一からお金の計算を覚えなくてよかったことだ。
「いいえ、ラビュリントス王国との同盟を結んでから公国での通貨は全て円ですので心配はございませんお嬢様」
「そうなんですか?」
「えぇ、王国の通貨が出回るまで平民のほとんどは物々交換で物のやり取りをしておりましたから。お金というものは一部の貴族が他国との取引のさいに使用する他国のお金でしたので公国専用の通貨というものはありませんから大丈夫ですよ」
「へぇ……」
メアリーの話を聞きながら何はともあれ通貨が同じならば助かったとアリアドネがコートの内側に入れていた肩掛け鞄からお財布を取ろうとしたところで横からスラリとした長く細い指が伸びてきて、アリアドネの持つ人形を取り上げる。
「まぁまぁ、アリアドネさんったら駄目ですわ。今回の旅行はわたくしがお誘いしたのですから費用は全てわたくしがお出しすると申したではございませんか」
「えっ、ちょっと!」
アリアドネの家族人形と自身が持っていた人形を併せたクリスティアはアリアドネが止める前にさっさと購入する。
別に人形代くらいだったらパシィが持たせてくれたから良かったのに……。
旅行費用も出してもらっているのにお土産までなんて……なんだか気を遣ってしまうとアリアドネは唇を尖らせる。
「人形くらい買えるのに……」
「ふふっ、過ぎ去った過去を共有するあなたとわたくしの友情の証だと思って下さい」
「……うん」
「アリアドネお姉様、どうかわたくしのこと末永く可愛がってくださいね」
「ふふっ、なにそれ……ありがとうクリスティー」
そんな風に同じ転生者同士なんて言われると断りづらいし友情の証なんて言われると照れくさくなる。
アリアドネに似た人形を持って、その小さい手を上げて振るクリスティアの可愛らしいアテレコに、うっかりときめくアリアドネ。
悪役令嬢のくせに小賢しい芸当を……この世界のヒロインである私を懐柔させようったってそうはいかないんだからねっとは思いつつも旅行に来た時点で既に懐柔させられているのだろう。
素直にお礼を言って人形の頭を撫でたアリアドネに、自分のことを悪役令嬢だと言って警戒していた気持ちは何処にいったのやらとクリスティアはおかしくなる。
でもこういった素直なところが彼女の魅力なのだろう、笑んだクリスティアは控えていた使用人に人形達を渡す。
「素敵なお買い物が出来たわ。ありがとうマーガレット」
「ご満足いただけたなら幸いです。昼食は公国随一のレストランをご予約しておりますのでご案内いたします」
丁度お腹も空いてきた頃だ。
店を出れば太陽は天高くで輝き街はより一層賑わいをみせている。
露店のお菓子を楽しげに買い求める子供、それを羨ましげに見つめる子供達を横目にクリスティアの気分も浮き足立つ。
「義姉さんお手をどうぞ」
「まぁ、エルったら迷子になりそうで不安なの?」
「僕ではなく義姉さんが祭りの喧騒に誘われて何処かへ行かないようにです」
「ふふっ、そうね。実はあちらの露店が気になってしまっていたの」
「お腹が空いているとなんでも美味しそうに見えるので、買うのならば食事をしてからにしてください」
「……エルがいつにもまして意地悪だわ」
「ご冗談を、僕は義姉さんに対してはいつも寛大ですよ。今食べることによって夜の楽しみを奪われないようにしているだけです」
子供達の楽しそうな雰囲気に誘われるところだったと素直に認めるクリスティアにそうだろうと思ったとエルは優しく微笑む。
普段見慣れない露店の商品は空腹のお腹と相俟って随分と魅力的に見える、エルにも覚えがあることだ。
だが本番は夜のお祭りなので食べるのならばその時までに楽しみを取っておいたほうが良いとクリスティアを諭す。
子供達が美味しそうに頬を膨らませて食べる商品を羨ましげに見つめながら、それを今回は食べられないことを非常に残念に思いつつも、夜には何物にも代えがたいごちそうが待っているのだと思えばこの我慢もしがいがあるとクリスティアは諦めてエルと共に歩き出すのだった。