双子祭り③
「いつ、その儀式は廃止となったんだ?」
「ラビュリントス王国との交流が盛んに行われるようになってからになりますユーリ様。王国には本当に感謝をしているとここで育った母はよく申しております。公国に居なかった気象学者が出入りするようになり、多くなった吹雪や雪崩は呪いではなく季節風や極端な気温変化で起きるただの自然現象だと判明し、誰かを犠牲にして収まるものではないということが分かったことで生け贄という因習がなくなったのです。そして儀式はご覧のように祭りとなって今までの犠牲者を慰める追悼となりました」
あぁ、だからかとクリスティアは納得する。
先程から祭りの喧騒の中で見る双子達は確かに他の国より多い、ただある程度の年老いた年齢の者達には双子が極端に少ない気がすると思っていたのだ。
高台から見えるレダの広場に杖をついた老女が人形を捧げている。
両膝をついて両手を重ねた彼女は神への祈りを捧げているのかそれとも生け贄となった自身の片割れへの慰めを捧げているのか。
どちらにせよ捧げられた者は一体なにを思うのかしらとクリスティアがその姿をじっと見つめているとゆっくりと立ち上がったその背が逆光に照らされて……瞼を細めたクリスティアの緋色の瞳の中で曲がっていたはずの背が真っ直ぐに伸びると、その姿が黒いスーツの懐かしき後ろ姿に見えて息を呑む。
俯き加減に寂しげに揺れる黒い髪、小さく窄んだ頼りない背……。
『私』が死んで『彼』はどうなってしまったのだろう?
そんな恐怖のように押し寄せた疑問と儚き弱き姿にクリスティアは瞼を見開き誘われるように一歩、足を踏み出す。
「クリスティア!」
ユーリに名を呼ばれて、高台の柵へと向かっていた足が止まる。
いや、止まったのではなく止められたのだと振り返れば腕を掴んだユーリが真剣な表情でクリスティアを見つめている。
「あまり前に出ると落ちるぞ」
「……ふふっ、篝火に引き寄せられる虫の気持ちが今、分かりましたわ」
「なに?」
「いいえ、綺麗な景色につい我を忘れてしまいましたわ。ご心配してくださりありがとうございます」
もう振り返ってもレダの広場に彼の姿は居ない、ただ老女が一人賑やかな祭りへと向かっている。
それを残念に思っているのか安心しているのか……。
マーガレットが歩き出し、ユーリもクリスティアの腕を掴んだまま歩きだしたので後ろ髪を引かれることもなくその場から離されたクリスティアは急いでこの場を離れようとしているユーリの後を早歩きのように付いて歩く。
「殿下、そのように腕を引かれなくても……手をお繋ぎになりたいのでしたらいつでもお繋ぎいたしますわ」
「そんなつもりはない!ただ君がっ!」
あまりにもグイグイと腕を引っ張られるので、クリスティアはそんなに強く引っ張らなくても付いていきますというように掴まれていない手で撫でるようにユーリの掴んでいる腕に触れる。
どうやらユーリがクリスティアの腕を掴んでそのまま引いて歩いていたのは無意識だったらしく。
怒ったように声を荒げたユーリは気付いたように手を離し、クリスティアを振り返り見る。
(君が消えてしまいそうだったから……!)
「……いや、すまない。なんでもない」
何故自分がクリスティアをあの場から離そうと必死になっていたのか口にしようとするがそれが説明できないことなのだと気付き、茶化すようなクリスティアの態度にふっと湧いた焦りのような怒りのような気持ちが一気に沈静化する。
あの一瞬、柵へと惹かれるように歩み寄った彼女の揺れる金色の髪が、黒く……黒く染まり、儚く弱く揺れているように見えて……腕を掴まなければ彼女は簡単に居なくなってしまうと強くユーリは思ってしまったのだ。
腕を離して見るクリスティアの姿は美しい金色の髪に緋色の瞳を細ませて困ったように微笑んでいるいつもの姿だ。
祭りの明るい雰囲気の中で公国の暗い過去を聞き、重苦しくなる気持ちとの落差で見た幻影なのかもしれない。
クリスティアがいつもおかしなことを言うのできっとそれも相俟って変な白昼夢でも見てしまったのだと、エルからの冷たい視線を受けながら気まずい気持ちでマーガレットの後に続く。