ディオスクーロイ公国③
「とはいえ今日お越しの皆様はその大半が冬のお祭りを目的にいらっしゃっております。冬の時期では今が一番、公国に人が来られております」
「あっ!そっかディオスクーロイ!双子祭りだ!」
「ご存じでしたかレディ、それは喜ばしいことです」
ぼんやりと会話を聞いていたアリアドネが弾かれたように顔を上げ、声を上げる。
アメットは冬祭りとして一部では有名なので何処かの観光案内で見たのかとアリアドネが知ってくれていた反応に嬉しそうだが、アリアドネは全く違う感情を沸き立たせている。
存じていたというか思い出したのだ、これはアリアドネの糸のバッドエンディングの一つ、悪役令嬢によって騙されて凍死する話で出てくる地であり祭りであることを……。
あれは確かエル・ランポールルートのバッドエンディングシナリオだったと思い出した内容に、まさかまさかとクリスティアを見る。
「お祭りは明日からです。カストール神とポリュデウケース神のお導きで祭りの期間は嘘のように雪が止み晴天に恵まれますのでお時間がございましたら是非とも楽しまれてください」
「お恥ずかしながら冬のディオスクーロイ公国は初めてなので双子祭りのことを存じ上げないのですけれども、どのようなお祭りなのかお聞きしてもよろしいかしら?」
「このディオスクーロイに伝わる神話がモチーフとなっておりますレディ」
「まぁ、レディだなんて堅苦しい。どうぞわたくしのことは親しみを込めてクリスティーとお呼び下さいアメット」
「恐縮でございます、ではお言葉に甘えましてクリスティー様。この地は双子が多い地なのですがお気づきになりましたか?」
「えぇ、ドアマンが双子でしたしフロントにも一組おりました。それに道中、道端で遊ぶ子供やその両親らしき者達にも双子が多かったように思います」
ディオスクーロイ公国に入ってから見た双子の数はラビュリントス王国で生活をしている双子の数より明らかに多かった。
ホテルに来る道すがら馬車の中から見ていた街並の中で雪遊びをしていた子供達を思い出すクリスティアに、アメットは素晴らしい観察眼だと頷く。
「流石でございます。この地を治めていた双子神であるカストール神とポリュデウケース神の加護から双子が生まれやすいとされております。カストール神はこの地を平定するときにその身を犠牲にしたとされ、片割れを亡くし深く嘆き悲しんだポリュデウケース神はカストール神の亡骸を抱き双子の山となりこのディオスクーロイを見守る氷壁となったという神話から二人の神を慰めるために始まったのがこの双子祭りだとされております。双子というものは片割れを失うと己の心を失うものなのだとよく母に言われたものです」
「まぁ、悲しいお話ですのね」
「その悲しみが少しでも慰められるようにということとお二人の犠牲によってこの地の平和は今もまだ保たれておりますと祭りで報告と感謝を表すのです」
土地をその悲しみのまま凍えさせず、二人の犠牲を祈り称える。
不思議なことに祭りの日は前日にどれだけ天候が悪くても祭りを始めれば雪は止み、風は凪ぐのだと言い伝えられており、このディオスクーロイ公国では冬の間の唯一の楽しみとなっている。
「わぁ!綺麗!」
「こちらが本日より皆様のお泊まり頂く部屋でございます。サロンを中心に右奥から氷柱の間、樹氷の間、左奥から雨氷の間、霧氷の間、へと繋がっており化粧室はそれぞれのお部屋に付いております。こちら、お渡し致しますルームカードで開くようになっておりますのでお持ち下さい」
エレベーターが止まり開いた扉の先に広がる白色で統一されたサロン。
前方の一面に広がるガラス窓からは青空と雲そして雪がちらついている。
茜色の光りに引き寄せられるようにして窓へと走り寄ったアリアドネはその先に広がる切り立つように聳える白く覆われた山々にキラキラと瞳を輝かせる。
その表情を微笑みを持って見つめるアメットが部屋の名を模ったイラストとその名が書かれたルームカードを差し出したのでルーシーがそれ受け取る。
それぞれの部屋の扉には中央にそのルームカードと同じイラストが書かれてある。