夜会での出来事②
(いくら擦り寄っても無駄だと分からないところがより一層、愚かさを際立たせるな)
いつか行う粛正の時に顔を忘れぬようにするため仕方なくその視線の主達の相手を暫くしていたユーリは、丁度その人だかりが途切れたタイミングでフッと部屋の対角線上の先にある天蓋下の女子会を見る。
クリスティアの首尾は上手くいったのだろうか?
まぁクリスティアならば失敗することはないだろうがとその中を流すように見つめる。
天蓋はドレスの足元が見える床より少し上までの長さがあり、真ん中から両端に向かって斜めに開き金の紐でたゆむように柱に留められている。
顔は天蓋で隠れている者達も居るのでよく見えないが、足元でヒラヒラと揺れるドレスの色は鮮明なのでユーリは青色を探すように見つめる。
紫、琥珀、ピンク、グレーetc.
(ん?)
流れるように見た視線の中に自分が贈ったはずの色のドレスがない。
そんなはずはない、見落としか?
今一度、今度はゆっくりと視線に入るドレスの色を見つめる。
etc.グレー、ピンク、琥珀、紫。
やはり青色が居ない!
その事実に話しかけにきていた相手を適当に躱してカウンターから飛び出したユーリは、足早に天蓋へと向かって歩き出す。
(何処へ行ったんだ?)
天蓋で見えないだけかと近付くまでの間に左右の見えづらい場所を覗くように見てみるがやはりクリスティアに贈った青のドレスの色は見えない。
迎えに行くまで動くなと言ったのに何故大人しく座って居られないのか。
ユーリの目の届かない内にこの広い邸宅内の密事を見付けるための捜索を始めたのかもしれないと、湧き上がる不安に焦りを感じる。
クリスティアは昔からそうだった。
幼い頃から公爵や公爵夫人の出席したパーティーに共に参加したときには良くも悪くも気になった、目をつけた主催者や出席者のことをあらゆる手を使って調べ回すのだ。
人間誰しも一つくらい秘密がある。
そういった秘密を手に入れてはその家庭を引っかき回し時には暴露し、泣かされた家族をユーリは幾人も見てきているし……幼さ故の純真さでその暴き立ての片棒を担がされたこともある。
クリスティアはそれはそれは天使のような見た目の幼女だった。
ふわりと風に揺らぐ肩までの金色の髪。
こぼれ落ちそうなほど大きくクリクリとした緋色の瞳。
白く滑らかで儚げな透明感のある陶器のような肌は頬だけ薄桃色に染め。
微笑めばその赤い唇からは全てを魅了する鳥の囀りのような愛らしい声を上げていた。
その華奢で人畜無害な容姿と子供らしく天真爛漫で無垢な姿に何人の大人が騙され、ユーリやその幼なじみ共々は何度この手を天使の皮を被った悪魔に差し出したことだろうか……。
今ならばその囀りは綺麗に聞こえるかもしれないけれども紛れもない悪魔の囁きなのだから近寄ってはいけないと警告したであろう出来事達に一部の件に関しては暴く必要の無かった密事なので今思い出しても良心が痛む。
本人に悪気が無いことが一番の問題だ。
そして幼子の無垢なる好奇心の結果だと、国としては全て良い方向へ進んでいくものだったからと咎めもなく、クリスティアの行動を助長してしまったことも問題だ。
とはいえクリスティアに関しては無垢であったのかどうかは甚だ疑問でしかない。
幼い頃から所々において達観していたというか立ち振る舞いから教養においてその辺の大人達を圧倒していたので、無害に見えていたのは全ては計算だったのだろうとユーリは思っている。
だからこそ、その聡明さを高く評価されてユーリの婚約者になったのだろう……。
きっと将来は愛国精神を持ち、国のために心から尽くしてくれるであろうと大人達は期待をしたのかもしれないが、ユーリにしてみればその婚約者という肩書きのせいでクリスティアの暴走に巻き込まれるしかなく。
クリスティアがしていることは愛国精神のあの字もない、あくまでも自分が楽しむために行っている家捜し……無遠慮に他人の邸を土足で踏み回していく荒くれ者と変わらない。
一つの謎を見付ければそれを解くためのヒントを探して家具をひっくり返し、全ての謎が解決するまでは誰一人として邸から出さず閉じ込めどんな秘密であれど一切残らず暴き立てる。
時にはその秘密を悪魔のように弱味として握っておくことだってあるのだ。
今でこそ成長してまともに理性が働きだしたおかげか多少は大人しくなったもののユーリにしてみればクリスティアはまさに欲望の塊でしかない猛獣で、それを押しつけられた猛獣使いであるユーリは痛くも痒くもないのであろう鞭を持ってなんとかその力を押さえ込んでいるように見せているだけなのだ。
だからといってユーリはこの婚約に不満があるわけではない。
性格に難ありだとしてもクリスティアは立派な王妃となるだろう。
愛国精神があろうとなかろうと関係ない。
聡明であり誰よりも高潔なところはユーリを支え、同時に諫めることの出来る素晴らしい存在だ。
だがその聡明さは王妃という地位があってこそ守られるものであり、今はその高潔さは危険でしかない。
クリスティアに家族の秘密を暴き立てられた一部の者達は彼女を敵だと見なし恨んでいるし、それに大人ではない彼女を操れると考えている浅はかで愚か者達にとっては公爵令嬢というか弱き少女でしかないのだから……。
視界から消えられるといつどんな危険な目に遭うか分かったものではないと心配が立つ。
今は恋愛精神というより博愛精神。
どちらにせよ密事を探す飢えた獣を自由気ままに野に放つわけにはいかないので手綱はしっかりと握りしめておかなければならないとユーリは焦りと共に天蓋の中へと足を踏み入れた。