旅行への誘い③
「お話は終わりまして?こちらの紳士方があなたにお話があるそうで、お待ちでしたのよ?」
「お帰りなさいお嬢ちゃん」
「こんなに嬉しい再会は初めてだよ!」
「あんたは女神だ!」
クリスティアの眩しさで気づかなかったが向かいの椅子に見慣れた黒服の借金取りが二人縮こまって座り、一人がその後ろに立って子供のように泣いている。
ただしボタンは何処に飛んでいったのか胸のシャツははだけ、なにか凶悪な獣にでも引っ掻かれたのかジャケットとズボンは至る所が裂け素肌が覗き、目を守っているとは言い難い黒いサングラスは左右どちらかだけ割れているかもしくはレンズが丸々抜けており……頬にはどう考えても誰かが殴ったのだろう痕跡で赤く腫れている。
その全ての原因なのだろう……チラチラと目を守る気のないサングラスから伺うように男達がルーシーへと怯えた視線を幾度となく向ける。
「ははっ、落ち着けお前達、お嬢ちゃん。俺達早く帰りたいんだ……今日分の返済を何卒お願いします」
「えっ、あっ、はい」
「まぁ、もうお帰りになってしまわれますの?もっと楽しいお話をお聞きしたかったのに……」
濁った目で空笑う借金取り達へとクリスティアが残念がればその瞬間、ルーシーから尋常ではないほどの冷ややかな殺気が向けられる。
我最愛の主人が望むのならばあのボロ椅子に両手足を縛り付けたりもっと血を見るような方法を使ってでもルーシーは彼らを帰さないつもりなのだろう。
現に主人に忠実なる侍女は袖に仕込んだ短剣をキラリキラリと借金取り達にだけ分かるように輝かせている。
それに辛うじて気付いたアリアドネはフォレスト家にとってはこの人数で家に居座られることは大いに迷惑なことになるので止めてもらいたいと切に願うのだが、この家の住人の気持ちなどは主人第一のルーシーにとって考慮すべき問題でないなのだきっと。
「勘弁して下さいお願いします!」
「身の程知らずにもお嬢様にお声を上げてしまったこと!深く反省しております!」
「ごめんなさぃぃ!」
扉の方から瞬き一つもしない侍女からのプレッシャーに冷や汗を流しながら頬を引き攣らせた借金取り達はどうしてこうなったのかを遠い昔を振り返るかのように思い出す。
ただ返済金を受け取りに来ただけなのだ。
アリアドネから今日分の返済分を受け取り、また明日来るからなっと椅子の一つでも蹴っ飛ばして脅し帰ってくる……そんな簡単な仕事のはずだったのに。
玄関先で喚く自分達に勇敢にも声を掛けてきたお嬢様になんて身の程知らずかと軽く脅そうとした結果がこの有様である。
「お仕事でしたら仕方ございませんものね……お寂しいですけれどお気を付けてお帰りになられてください」
「「「ありがとうございますお嬢様!」」」
待てから良しを受けた忠犬のように、この息の詰まる空間からの解放を良しとされ平身低頭で感謝を述べた借金取り達はアリアドネから今日分の利息を受け取ると風のように去って行く。
明日への脅しはもうしない。
アリアドネが戻ってくるまでクリスティアに楽しい借金取りの生活を教えている間、ルーシーからの無言の圧力によって精神的な体力を十分に削られており、脅すような余力はもう残っていないのだ。
この生きているって素晴らしい気持ちと、開放されて見た晴れ渡る空を一生忘れることはないだろう借金取り達は無事に生きてフォレスト家を出ることのできた自由の清々しさを羽の生えた鳥のような気持ちで謳歌する。
「ルーシー」
「畏まりましたクリスティー様」
そんな精神的に解放された憐れな借金取り達を見送り、ルーシーへと一瞥を向けたクリスティア。
主の意図を汲み取りそのまま何処かへと去って行くルーシーとすれ違うようにして家の中へと入ったアリアドネは勢いよくクリスティアへと近寄る。
『なんであんたが家に居るのよ!てかどういう状況よ!』
母親の手前、大声は出せずに憮然とした小声で此処に居る理由をアリアドネが問えば……クリスティアは常と変わらない声音で此処に居る理由を述べる。
「実は冬休みの旅行のお誘いに来ましたの。そうしたらあの紳士方が玄関先で騒いでおりましたので……なにかお困りなのかとお声を掛けさせていただきましたら更に大声を出すものですからルーシーが怒ってしまいましたの」
「凄かったのよアドネちゃん!クリスティーちゃんの侍女ちゃんが無礼者!って叫んだかと思うとあの人達の腕をねじり上げて!吹っ飛ばして!ぼっこぼこよ!お母さん興奮しちゃった!でね、喧嘩の後は仲直りしましょうってことで皆でお茶を飲んでたの!」
どうしてそうなって仲良くお茶を飲むことになるのかさっぱり分からないが大声を出しただけの借金取り達にとっては不幸以外のなにものでもなかったのだろう。
クリスティアに危害を加えようとした誤解からずっとルーシーからの殺気を注がれていたのだろうから寿命が縮む思いだったに違いない。
ルーシーの武勇伝を語っている本当は襲われるはずだったのだろう母親の暢気さに呆れながらアリアドネは助けてもらったことへの感謝は示す。