旅行への誘い②
「母さんただいまぁ、お腹空いたぁ……」
平民街からも少し外れた寂しい場所にあるこの一軒家はお化け屋敷と周りからは言われている。
少し右に傾いて大小様々な穴の空いている屋根に、壁が見えないくらい蔦の生え回しているレンガの外壁。
窓はいたるところにひび割れが入り、応急措置で粘着テープが貼られ、中の床板は歩くだけで……いや、歩かずとも軋んだ音を立てる。
誰もこの屋敷に人が住んでいるなんて思いもしないだろう。
アリアドネも毎朝起きる度に隙間風の寒さと今にも落ちそうな天井の荒廃っぷりを見てお化け屋敷で寝ていたのかと思う。
そう考えると前世で文代はいい暮らしをしていた。
両親は早期退職していたものの地方公務員で、兄も公務員。
文代はしがない会社員だったけれども実家暮らしでお金に苦労することはなかったので給料はアリアドネの糸のグッズ集めに費やしていた。
懐かしき前世の両親に甘えきっていた人生につくづく感謝をし、今回の人生はその堕落していた因果を贖罪として今世の両親へと返しているのだと信じて、素晴らしい労働の後のご飯は白湯ではありませんようにと祈りながら扉を開く。
「おかえりなさいアリアドネさん。わたくし随分お待ちしておりましたわ」
「うっ!まぶしっ!?」
入り口の先にあるダイニングテーブルというにはお粗末な机とボロ椅子の上にキラキラと照明器具のような眩い光りが輝いている。
蝋燭一本で家の明かりを賄っていたフォレスト家には似つかわしくない。
マッチ売りの少女のマッチから魔法が現れるときの眩しさのような明かりに瞼を細めたアリアドネは、場違いしかない煌びやかな白銀と緑陰に染まるレッグオブマトンスリーブのボレロにフレアスカートのドレスを身に纏って優雅に手を振り輝くクリスティア・ランポールの姿に、空腹のお腹にこの眩しさが染みると痛む胃を押さえて開いた扉をそのまま閉める。
(ここは……うん、私の家で間違いはない)
こんなボロ屋敷、自分の家以外はありえない。
というか違ったとしてもあんな煌びやかな人が居るのは場違いすぎる。
ならば先程見たのは幻覚か?
いいや、とうとう本物のお化けが出てお化け屋敷になってしまったのかもしれないと頭を抱えて逃避する現実の中で、手を触れていないのに再び開いた扉の先には母親であるパシィ・フォレストが家に入らない娘を不思議そうな顔をして迎え入れようとしているので……その口が開く前に腕を掴んだアリアドネは外へと引きずり出す。
暖房器具のないフォレスト家は室内でもストール必須なのでパシィを外へと引きずり出してもなんら問題はない、アリアドネと同じように黄色のポンチョを被ったような格好をしている。
「まぁまぁアドネちゃんったらどうしたの?ほら早く入ってきて、今日はごちそうよ」
「かかかか、母さん!どうしてあの女が家に居るの!?」
「あの女だなんてお友達に対してお口が悪いわアドネちゃんったら!お友達が突然来られたから驚いたのね?あなたを訪ねていらっしゃったのよ。学園でこんな素敵なお友達が出来たなんて知らなかったからもうお母さんもうびっくりしちゃった!お邪魔するから手土産にって沢山食材も貰ったのよ!」
野菜にお肉にパンにお菓子までっと恋する乙女のように顎に両手を当てて小躍りする母親に、お菓子は分かるけど手土産に食材ってどう考えてもフォレスト家の経済状況を分かって持ってきたチョイスにおかしいんだからもっと警戒しなさいという警告は喉の奥へと引っ込んでしまう。
誰が持ってこようとも食材は食材、この胃袋の空腹を埋める物が白湯でなくて済んで嬉しい気持ちが勝っている。
危機感を持っているときですら俗物なのが恨めしい。
第一あれは友人じゃないのに。
あなたの娘を理不尽な契約で縛り付けた借金取りより恐ろしい悪役令嬢なのだと精一杯の反論の口を開こうとしたところで、再度軋んだ音を立てながら扉がゆっくりと開く。
その先では、ルーシーがいつもより少し厚手のメイド服の上に毛足の長いケープを羽織り扉を開いている。