100番目の薬③
「それで?犯人はお前どころか性別も違うと分かった訳だが……」
「おそらく部屋に充満させた幻覚香で酩酊させて事実を分からなくさせたのでしょう。瞳の色は仮面を被っていたのならば目の部分も仮面だったと推測いたします。薬の名前を番号にしたのは夕顔に断られた腹いせでしょうね」
「麻薬課は何処を探せば良いんだ?」
「至極簡単なことですわ。わたくしが100番目の薬の話を聞いたのは伯爵家のティーパーティーでした。お話しをされていたのは子爵家のご令嬢で二日前にその恋が叶ったとのお噂をお聞きしました。そして次回のティーパーティーにそのご令嬢は参加されます。取引場所としては悪くはないでしょうし、今後その方を尾行していれば自ずとドラッグの取引現場へと誘ってくださるでしょう。よろしければわたくしの招待状をお譲りいたしますので代わりに潜入されるのも一興かと」
必要ならばそのご令嬢を餌にしてランポール邸でティーパーティーを開いてもいい。
子爵家のご令嬢と仲良くなるなんてクリスティアには至極簡単なことだ。
叶った恋の代償を支払うこととなるそのご令嬢は気の毒だが、媚薬という偽りの恋に頼った時点で結末は悲劇でしかないのだろう。
「分かった、麻薬課の奴らにそのことを伝えておこう」
「ありがとうございますクリスティー様!僕は絶対違うと信じていました!」
その割にはランポール邸に来たときラックは随分と意気消沈していようだったが……。
打って変わって元気になったラックの様子に微笑んだクリスティアは胸に手を当て軽くお辞儀をする。
「いいえ、この灰色の脳細胞が皆様のお役に立てたのでしたら幸いですわ」
急ぎ去って行く対人警察の後ろ姿を見送り、馬車で邸へと戻る道中クリスティアは向かい側に座るルーシーの持つ媚薬をどうしようかしらと思案する。
使う予定も相手もいないのだが使わないと勿体ない気もする。
馬車の窓を見つめなにか良い利用方法はあるかしらと考えていたクリスティアはランポール家へと続く門扉を通り前庭を過ぎたところで一台の馬車が止まっていることに気付く。
王家の紋章の入ったそれにそういえば婚約者であるユーリ・クインに昼食を共にしようと今朝方、ニール達が来る前に誘われていたことを思い出す。
「何処へ行っていたんだ?」
馬車から降りるクリスティアへとユーリが手を差し出し問う。
まさか今朝した昼食の約束をクリスティアが忘れていたとは思いもせず何処かの宝石店か洋服店か気紛れに出掛けていたんだろうと思っていれば、次いで出て来たルーシーが手に持っている花のロゴが描かれた見たことのない怪しげな紙袋を見て訝しむ。
「媚薬を買いに行っておりましたの」
「びっ!?」
思ってもみなかったクリスティアの返答に驚いた声を上げるユーリ。
一体全体なにに使うためにそんな物を買ったのか、保管してまいりますと媚薬を持って去って行くルーシーの後ろ姿となにか問題があるのかしら?と平然とするクリスティアをユーリは交互に見つめる。
「そんな物!一体誰に使うんだ!?」
「誰と申されましても成り行きで購入しただけで……よろしければティータイムに共に飲まれてみますか?一時間ほどで効果が出るらしいのですけれど」
「なんのために!?飲むわけないだろう!!」
一体どんな成り行きで購入したのかは分からないが良い成り行きではないことはハッキリ分かっている。
クリスティアが媚薬を盛ろうと思っている相手がいないことに安堵しながらもし万が一、自分に使われたとしたら……正気ではないときにどんな約束事をさせられるのか分かったものではないとユーリは即拒否を示す。
「大体、飲むかと言われてはい飲みますという馬鹿はいないだろう!こういったものはこっそり相手に知られないように飲ませるものだぞ!」
「黙って使用されるよりかは良いかと思ったのですが……それより殿下、媚薬のご使用方法を良くご存じなのですね」
「い、一般的に!教養として!知っているだけだ!」
一体どんな教養なのかは慌てふためくユーリに免じて追求しないでおこう。
「ご安心なさって殿下。あれは二十四時間で効力が無くなるそうなのでそれ以降はただの香料となるらしいですわ。そのときに紅茶にでも入れて楽しみます」
「……本当に無くなるのか?」
「えぇ。例え残っていたとしても当たるも八卦、当たらぬも八卦ですし……ご心配ならば殿下の前でしか飲みませんわ」
理性が働かないほどの恋に溺れる劇薬を一度味わうのも一興かと思ったのだが。
婚約者が相手ならば問題にはならないだろうとユーリを誘ってみたが共に使ってくれないのならば諦めるしかないので二十四時間後に香料として使用するしかないだろう。
本当に効力が無くなるのか疑わしそうな微妙な表情を浮かべながらも、では明日も昼食を共にしようと頭で公務の算段をつけながら二十四時間後の約束を取り付けたことで納得するユーリはクリスティアの微笑みを見つめ媚薬を使ったところで意味はないだろうと言いかけて止める。
なんだかそれでは媚薬が効かないほど自分がクリスティアに惚れているようではないか……。
いや、違う、それは絶対におかしいと変な物をクリスティアが買うから変なことを考えるのだと口を真一文字に結んで変な思考を振り払い客間へと向かえばメイドが扉を開いた先ではクリスティアの義弟であるエル・ランポールが二人を待ち構えていたかのように笑顔で出迎える。
「何故、此処に?」
「僕が我が家の何処に居ようと殿下には関係ないかと。それより義姉さん、実はとても良いカボチャをシェフが取り寄せたので是非昼食にどうですかと言っているのですがいかがですか?」
「まぁ、そうなのね。それはとても嬉しいのだけれど本日は殿下との約束がございますし……」
「どこかレストランの予約とかは入れてないんですよね?でしたら本日は我が家で昼食を食べればいいじゃないですか」
「いや、しかし……」
「まさか、義姉さんの好物なんですから寛大な殿下ならば嫌とは言いませんよね?」
忙しい公務を縫って開けた時間での折角の昼食なのだからレストランにでも行こうかと思っていたのだが……。
クリスティアがカボチャに目が無いことは良く知っていることなので嫌とは言えず、渋々頷いたユーリは美味しいカボチャ料理と、美しい姉弟の愛ある会話を蚊帳の外で聞きながら(エルがわざとユーリに会話を振らないようにしている)明日の昼食はエルの邪魔の入らない王宮にクリスティアを招待しようと強く強く誓う。
そして暫く経ったラビュリントス王国の新聞記事には女装をした占い師が逮捕されたという事件の見出しが躍り、社交界では数名のご令嬢が婚約破棄をして修道院に入ったという話が一時の娯楽として広まるのだった。