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100番目の薬②

「いらっしゃいネ。おや、これは珍しいお客様ヨ」


 薄暗く、ぼんやりと魔法道具の提灯が浮遊する広い土間には至る所に草や木の実その他、得体の知れない薬の原料が値段と共に籠の上に置かれおり室内ではそれらが混じりあった独特の匂いが充満している。

 入口で立ち止まったルーシーに促されるままクリスティアの後に続き更に奥に進めば一段高くなった上がり框の先に畳が広がりそこから一歩ほど下がった所に低い長机、その後ろには赤い座布団の上に一人の女性が煙管を燻らせながら座っている。


 島田髷の髪型に櫛や簪で華やかに飾り前で締められた帯や着崩された着物は赤や金に彩られ畳を波打っている。


 全体的な顔立ちは幼く見えるも唇や目尻に入った扇情的な赤色の化粧と、見た目の気怠さとは対称的に真っ直ぐ伸びた背筋に感じる威圧感と人を値踏みするような視線に年齢はクリスティアと同年代にも見えるしニールとも変わらないようにも見える。

 そんな女性の一番奥には一から百の数字が大小様々縦横無尽に墨字で書かれた小さな引き出し棚が壁のように並んでいる。


「お久し振りね夕顔」

「珍しいネ、いつもはそこの侍女だけが薬を買いに来るのにクリスティーが直接来るなんて明日は大雨ヨ」

「そうだったかしら?でもあなただってこの店を人に任せてばかりで……王国へ来るのは久しいのではなくて?」

「まあね。人生上手くいかないことばかりヨ。それで?悩める客でも連れてきたのカ?どんな悩みも恥ずかしいことはないヨ、オマエたちの症状にあった薬を作るネ。ただしウチの薬は当たるも八卦、当たらぬも八卦。効かなくても文句はなしヨ」

「随分胡散臭い店だな」

「当たれば随分と強力に効きますわ。今日は薬を買いに来たんではないの夕顔。あなたにお話しがあるの」


 こんな大人数で、しかもクリスティアが直接訪れるなんて……ただならぬ気配を察してか、ふむっと思案するように顎を上げ煙管から吸い上げた煙をふぅっと吐き出した夕顔は横に置いてある煙草盆へとカツンと灰を落とし置く。


「なにが聞きたいネ?客のことについては一切話さないヨ」

「……100番目の薬について、知っていることがあれば教えて欲しいのだが」

「……さて、なんのことヨ?ウチにあるのは九十九個の薬だけ。百番目の薬なんてものは存在しないネ」


 ニールの探るような眼差しに夕顔は惚けたようにニッコリと瞼を細めた笑みを浮かべる。

 その惚けた笑顔の後ろでは引き出しの一番右下に百番と書かれた引き出しがあるというのに……。


「……その百番目の引き出しはなんだ?」

「これカ?これはただの空箱ヨ、何年か前に壊れてからは使ってないネ」

「見せてもらっても?」

「構わないヨ」


 後ろを振り返り夕顔が開けた百番目の引き出しは確かに、空箱だ。

 大きく書かれた百という数字の三分の一ほどで二つに割れたそれでは例えば底が二重になっているなどの隠しスペースも無いようだ。


「なにを聞いてきたのか知らないけど見当違いネ、ウチに百番目の薬はないヨ」

「……みたいだな」


 納得したように百番目の箱を返すニールにニコニコと笑みを深める夕顔。

 狐に抓まれたような気持ちで、では何故ここにニール達を連れてきたのか……元凶であるクリスティアを見れば当の本人はなにを言っているのか分からないというように小首を傾げる。


「まぁ、あなたったら……媚を売らない子には薬の販売はしてくださらないのかしら?」

「な、なんのことネ?」

「八番目の数字は随分と字が真っ直ぐで他の数字より小さいのね……そうは思わない夕顔?」


 緋色の瞳を細めて夕顔に問うクリスティアにビクッと頬を引き攣らせる夕顔。


 確かに八というよりかは棒が二本並んでいるかのように見えるし他の大小様々な数字より小さく、右上に書かれている。

 そのクリスティアの含みを持たせた指摘にニールもラックも数字へと視線を向ける。

 その向けられた視線をじっと瞬きもせずに見つめる夕顔の緊張感のある強張った表情に、お金さえ支払えばどんな怪しげな薬でも容易く売り払うというのにどうしてそう頑なに口を閉ざすのかと思っていたけれども彼女は彼らの正体を知っているのだと察したクリスティアは、あぁと納得した声を上げる。


「あなた社交界で出回っているドラッグについて心当たりがあるのね?」

「あんな野蛮な薬!ウチは関係ないヨ!大体警察がちゃんと取り締まらないからウチの薬、売れなくなって困ってるヨ!」

「やっぱり、ドラッグのことを知っているのね?」


 ニッコリと微笑むクリスティアに口を滑らせたことを理解した夕顔は慌てて唇を両手で押さえる。

 だが時既に遅し……ニール達の驚き、疑う眼差しに諦めたようにクリスティアを睨む。


「もう酷いネ、クリスティー!コイツら警察だと知ってるヨ!ワタシの商売の邪魔、困るネ!」

「ご安心なさってあなたの薬が違法でないことはわたくしが彼らにきちんとご説明いたしますわ」

「当たり前ネ!ワタシのはただの漢方!当たるも八卦、当たらぬも八卦!買うときに説明もしてるからトラブルもなしヨ!」


 ブチブチ文句を言いながら振り返った夕顔はまず割れている百番目の棚の三分の一を引き出すと次いで八番目の引き出しを引き最後に百番目の三分の二を引き出す。


「おいオマエ、手伝うネ。これ同時に押す、分かったカ?」

「は、はい!」

「では、せーーの!」


 ラックを呼びつけると八番目の棚の前に立たせて掛け声を掛け一気に引き出しを押し、その全てを同時に閉めると百番目の引き出しからカチリっと音がする。

 夕顔が再び百番目の引き出しを引き出せば先程まで二つだった百番目の引き出しが割れなど無かったかのように一つへと戻り空だった中に小さな、香水でも入ってそうなガラスの小瓶が収まっている。


 どうやらこの棚自体が特殊な仕掛けの魔法道具らしい。


「ご所望の百番目の薬ヨ」


 夕顔の花がデザインされたその小瓶には薄桃色の液体が波打っている。

 差し出されたそれを訝しげに受け取ったニールはよく見えるように提灯の明かりにかざす。


「なんの薬だ?」

「百のやを大文字にすると百番目の薬とはつまり秘薬です。そしてあの不自然な八は濁点となり、引き出しをその順番に開けて閉じると……」

「媚薬か!?」

「オマエ達の探してる物とは別物ネ。成分分析しても法に触れる物は使ってないヨ、ただ薬に抵抗のない奴が使うとちょっとその気になる漢方、しかも効果は一度きりネ」


 ニールから媚薬を取り返しフンっと鼻を鳴らした夕顔は怪しむニール達の視線を受け、その視線はお門違いだというように噛みつく。


「あんな物、出回りだしてウチも困ってるネ!媚薬といえばウチの主力商品だったのに!依存性の高いドラッグに一過性の漢方は敵わないヨ!しかも必ず当たるとなれば尚更ネ!皆、そっち買うヨ!商売上がったりネ!」


 こっちも被害者だと言わんばかりの夕顔の怒りだがドラッグではないのだとしても媚薬の使用はグレーゾーンだ。

 意思に反して相手を手に入れようだなんて……道徳的にはアウトである。


「ドラッグが流行る前はこちらの媚薬が世に出回っておりましたけれど、なにか変わったことはございませんでしたか?」

「ウチの媚薬の質を良くしないかと言ってきた馬鹿がいたネ」

「質を?」

「そうヨ、もっとよく効く媚薬にしないかって。ウチの薬は当たるも八卦、当たらぬも八卦。必ず当たったら意味ないからすぐ追い返したヨ」


 それに夕顔の薬の質は元々最高級だ。


 効く効かないは相手の体質によるので夕顔の知ったところではない。

 薬を粗悪だと言われたようで不愉快だったと夕顔は眉を顰める。


「どんな風貌だった?」

「何処かの貴族の令嬢みたいな格好だったネ」

「顔は見られましたか?」

「見てないヨ。フードを深く被って扇子で口元を隠してたからネ」

「髪色や瞳の色も分かりませんか?」

「全く分からないヨ」

「では、背格好はわたくしに似ておりましたか?」

「ぶはっ!クリスティーにカ?似ても似つかないネ!背はオマエくらいあって体格も良かったヨ!あれは女じゃないネ!女の格好をした男だったネ!」

「なにっ!?」


 180近いニールを指差した夕顔にニールもラックも驚く。

 薬の売買には女性が集まるティーパーティーが主だったので少なくとも犯人の性別は女性以外にはあり得ないと思っていたのだ。


「ですがドラッグを購入した人達は相手は確実に女性だったって!」

「あぁ、だからアイツ臭かったのカ」


 ラックの驚きに納得したような夕顔はそのときに嗅いだ匂いを思い出したのか不愉快そうに着物の袖を鼻まで上げる。


「あれは幻覚香の匂いヨ。部屋に充満させればすぐ酩酊、善悪の判断もつかなくなるはずヨ。だから碌な薬じゃなとすぐ分かったネ。あれは薬屋というより占い屋ヨ」


 占いのときは大体にして気分が良くなるように香を焚くが一般的だ。

 そしてその香はリラックス効果があるという名の幻覚や催眠系であることが多い。


「大変参考になりましたわ。ありがとうございます夕顔」

「ちょっと待つネ、クリスティー」


 聞きたいことは聞けたのでもう十分だと帰ろうとするクリスティアへとあらぬ罪を着せられそうになり不愉快そうだった夕顔は一転してニコニコと笑みを浮かべ媚薬を差し出す。


「買い忘れネ、包装はどうするヨ?」

「まぁ、あなたったらちゃっかりしてるんだから」

「これは一度棚から出すとどんどん効力が薄まるネ。だから存在しなくなる百番目の薬ヨ。飲ませて一時間で効果が出て、切れるのは大体三時間後、意中の相手に飲ませるなら二十四時間以内の使用をおすすめするネ。二十四時間経ったら薬にもならないただの香料、紅茶に入れて飲むのがおすすめヨ」

「ルーシー、お支払いしてさしあげて」

「畏まりました」

「まいどありネ!」


 媚薬代で対人警察を連れてきた今日の不愉快さを無くしてくれるのならば安いものだ。

 当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いながらも夕顔の薬は本当に良く効くのだからそんな薬屋を利用できなくなるのは惜しいこと。

 ルーシーに媚薬代を支払ってもらい外へと出たクリスティアをニールは振り返り見る。

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