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100番目の薬①

 それはとあるティーパーティー会場でたまたま耳に入った言葉だった。


 楽団の奏でる優雅な演奏に混じって聞こえたのは、絶対に叶う、100番目、あなたは特別、という理性ある者ならば信じないであろう眩惑の言葉達。

 また当たりもしない占いでも社交界で流行るのかしらと主催者である伯爵夫人と挨拶を交わしながら横目にその話をする者達を見た公爵令嬢であるクリスティア・ランポールはその言葉を囁かれている女性を見て彼女はその占いを信じるだろうと憐れさに確信を抱く。

 しかしその憐れんだ気持ちは一瞬のうちに新たな参列者との挨拶によって消え失せることとなったのだが、再びその言葉を意外な人物から聞いたときクリスティアは深く興味を持つこととなった。


 その人物は今、クリスティアの目の前で眉根にシワを寄せて険しい表情を浮かべている対人警察のニール・グラドとその横で雨に濡れた子犬のように灰色に近い青い瞳を暗く沈ませ眉を下げているラック・ヘイルズ。


 朝食も済んで只今の時刻は朝の9時23分。


 ランポール邸の客間である。


「100番目の薬という物のことを知っているかクリスティー?」

「まぁ、怖い顔をなさってどうされたのニール?」

「質問に答えろ。知っているのか?どうなんだ?」

「えぇ、名前は存じております」


 まるで尋問のように低い声音で詰め寄るニールに然程重要なことだとは思いもせずに嘘を言っても仕方ないと頷いたクリスティア。

 それに深い溜息を吐いて悩むように額を押さえたニールと、隣のラックはショックを受けたような表情を浮かべるのでクリスティアはどうしたのかしらと小首を傾げる。


「実はこの数ヶ月前から社交界でその薬が出回っていてな、被害者は主に年若い独身の男性貴族。加害者は……」

「あぁ。大方、同年代の貴族女性……ですのね」


 ニールとラックがどうしてそんな暗い表情をしているのか納得して加害者を言い当てたクリスティアに、なんで分かったのかとニールの疑いの眼差しが鋭く光る。


「わたくしがその名を聞いたのはとある伯爵夫人のティーパーティーでした。途切れ途切れでしたけれども絶対に叶うという言葉や100番目という言葉を確かにお聞きしました。そして話していたのは確か子爵家のご長女だったと記憶しております。ご結婚を焦る年齢で彼女がとある男性に懸想していることは社交界では知られていること、そしてつい二日ばかり前、その恋が叶ったというお話しをお聞きしました」


 タイミング的にクリスティアが占いだと思っていたことが原因であるというのは容易に想像出来たことでありニールの問いでその辻褄が合わさる。

 その100番目の薬として導き出される答えが活性化したクリスティアの灰色の脳細胞に一つ思い浮かぶのだ。


「百番目の薬とはつまり……媚薬ですわね」


 灰色の脳細胞を働かせたクリスティアの完璧なる推理はニールの確信を突いたのだろう、より一層のこと眉間のシワを深められる。


「……そうだ。媚薬という名のドラッグで一度使えば依存性が高く抜けだしにくい質の悪い品物だ」


 悪質なその薬がラビュリントス王国内で密かに出回っているのが発覚したのはつい一ヶ月前のことだった。


 ある貴族の邸の金庫からお金が無くなったことにより泥棒が入ったと思った主人が対人警察に通報、調べればその邸の娘が盗んでいたことが分かりどうしてそんなことをしたのかと問いただせば媚薬を買うために盗んだと言うではないか。

 その令嬢はつい一週間ばかり前、婚約を発表したばかりでその婚約相手に媚薬という名のドラッグを与えており、今回の泥棒事件は小遣いでは足りなくなったドラッグ購入費用をどうにかして捻出しようとして盗んだということらしい。

 ドラッグを盛られた男性は薬欲しさに令嬢に依存し、男性の心を媚薬で手に入れたと信じて疑わない令嬢は媚薬の効果が切れないようにとドラッグを買い続ける……まさに悪循環。


「それで、どうしてわたくしのところに来られたのかしら?」

「あの実は麻薬課がその加害者であるご令嬢を問い詰めたところそのドラッグはあるパーティーで別のご令嬢に進められて買ったのだと。そのご令嬢に休憩室に連れて行かれて会った人物がその金髪の女性で……それで……」


 言い淀むラックの代わりにニールが重い口を開く。


「仮面を付けた緋色の瞳の女だったそうだ」


 貴族のパーティーに参加ができ、金色の髪と緋色の瞳を持つ女性はこのラビュリントス王国ではただ一人。

 それはまさにクリスティア・ランポールの容姿に違いない。

 二人は今まさに警察として尋問するためにクリスティアに会いに来たのだ。


「まぁ!まぁまぁまぁ!どう致しましょう?憧れの牢屋に入るためにわたくしこの罪を認めるべきかしら?」

「馬鹿いえ、証拠も無しにお前を引っ張って行けば署長に俺達が殺される」

「ではどうしてこちらにいらしたのでしょう?」

「引っ張った数人の令嬢のどの証言も一致して金色の髪に緋色の瞳だったと証言している。まぁ、お前のことだから万に一つとしてドラッグを売るなんてことは無いことは皆分かっているがなにか知っていることがあるかもしれないから話を聞きたいってんで麻薬課が署長に話したんだが……お前がいらん興味を持つだろうから絶対話すなと署長が断固として受け入れなくてな」

「薬を売ってる人達は野蛮な人が多いですから署長はクリスティー様のことが心配なんだと思います。僕らはよくここに出入りしているので麻薬課の人達にこっそり話を聞いてきてくれってお願いされたんです」

「奴ら、俺達が署を出る寸前まで署長と追いかけっこしてたぞ」

「まぁ、困った叔父様ですこと。皆様の捜査の邪魔をしては駄目だと後日抗議をしておきますわ」


 可愛い姪っ子がドラッグの話を聞いたことで興味を持ち捜査を始めることが叔父であり対人警察中央署の署長であるヘイリー・バントリは心配なのだろうが、越権行為を良しとするわけにはいかない。

 職務に忠実な部下達の心労を慮ったクリスティアの抗議はヘイリーの胸へと深く突き刺さるだろう。

 きっと追いかけ回されていた麻薬課の者達は歓喜するに違いない。


「貴族のパーティーなんざ毎日何処かで開かれてるから虱潰しに探してるんだが手がかりすら見付かってない。何処で売られてるか見当が付かず困ってるんだ。心当たりは?」

「……ございません……と言いたいところですが百番目の薬については心当たりがございます」

「なんだと!?」

「ドラッグのほうではございませんわ、わたくしが存じてるのは百番目の薬のほうです」


 なにが違うのか分からず訝しむニールとラックに笑みを浮かべたクリスティアはソファーから立ち上がる。

 その姿を見、控えていた侍女のルーシーがポールハンガーに掛けてあったクリスティアの上着を持つ。


「わたくしその薬を作る東洋の魔女と知り合いですのよ。なにか手がかりをお持ちかもしれませんからよろしければご一緒に会いに行きませんこと?」

「はぁ?」


 東洋の魔女とはあの魔女?


 絵本や小説に出てくるあの魔女?


 意味が分からずにソファーに座ったまま唖然とする二人を促しランポール家の家紋の入っていない、随分と質素な馬車に乗り込んでクリスティアに連れて来られたのは商業街の外れ。

 馬車を降りてルーシーの案内のもと狭い裏路地を抜けた先に辿りついたのは看板も出ていない一軒の古ぼけた木造の平屋。

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