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恋人達のポタージュ②

「まぁ!素敵だわ!」

「綺麗ですねお母様」

「これは、確かに飲むのが惜しまれる」

「勿体ないです」

「恐縮でございます。一部のお客様にはアンジャベルのポタージュと名を拝しており、恋人同士にはそれはそれはとてもご好評をいただいております」

「ふふっ、確かに。恋人達には魅力的なポタージュですわね」


 確かにこのポタージュは恋を謳っているのだとその意味を一人理解したクリスティアは微笑む。


 かぼちゃのポタージュの中央に白い生クリームがまるでアンジャベルの花のように咲いているのだから。


 感嘆する一同の反応に満足したメートルドテルが下がりそれからはヘイリーの事件の話やドリーの日常、クリスティアとエルの学園での様子などたわいない会話をしながら楽しい食事を終える。


「本日はお越し頂きましてありがとうございます」


 最後にメートルドテルと共にシェフが現れる。

 先程、テーブルで親しげに女性と話していたその年若いシェフは深々と頭を下げる。


「とても素晴らしい料理でした、特にあのポタージュ。本当に飲むのが惜しいくらいでしたわ」

「恐縮でございます」

「あなたのサーブも素晴らしかったわ」

「……恐れ入ります」


 ドリーがニッコリとメートルドテルとシェフに向かって満足を表すように極上の微笑みを浮かべる。


 大抵の人間はその微笑みを見れば見惚れ言葉を失う。


 現にメートルドテルは頬を少し赤らめて一瞬言葉を失うがすぐに背筋を伸ばし、最後の最後まで気を抜かないようにと気持ちを引き締めているというのに隣のシェフは心此処に非ずといった様子でドリーの微笑みに気付かずになにやらソワソワと帽子を落ち尽きなく触っている。


「どうかなさいまして?」

「えっ?」

「なにか気がかりなことがおありのようですけれど」


 ニッコリと微笑んだクリスティアに漸く意識が目の前の客に向いたのか、シェフは慌てたように頭を下げる。


「あっ、いえ、申し訳ありません。実は新しい料理のことを考えておりまして……」

「まぁ、どういった料理をお考えですの?」


 どの料理も素晴らしかったので是非気になるわとドリーが興味を引かれたようにシェフに問う。


「幸せを願えるような……特別な料理を考えているのです」

「幸せを……?」

「はい、実は同郷の幼なじみが王都におりまして……先程、実家に戻り両親の勧めで見合いをするので次が最後の来店になりそうだと伝えられまして。なので最後に特別な料理を食べたいと言われたんです」


 シェフは困ったような沈んだような表情の笑みを浮かべながら頬を掻く。

 先程、テーブルで話しをしていた女性がその幼なじみだろう。


「とても変わった子でどのポタージュにも白い生クリームを掛けてくれって言うんです。余程好きなんだと思うんで最後の料理には生クリームをふんだんに使った料理をと思っているのですが……」


 それがビスクであれブイヤベースであれ必ず白い生クリームを垂らして欲しいと。


 最初は料理の味を損なうからと断っていたのだが、あまりにもお願いと乞われるので今ではどのポタージュにも合うように工夫を凝らして彼女専用に作っているのだとシェフが伝えればクリスティアは考えるようにカップの中で揺れる珈琲へと視線を落とし、そしてその中へとミルクを花のように注ぐ。


「……シェフは、その女性の方がどうしてポタージュに生クリームを望んでおられるのかお尋ねになられたことはございますか?」

「一度、変わっているなと思い聞いたことがありましたけれど……私がそれを知ったら驚くから言わないと、調べてみてと言われてしまい……」


 不敵に笑った彼女の笑みに困惑しながら、暫くは彼女が言った通りにどうしてか考えていたのだが店が忙しくなるにつれてそのまま調べることを止めてしまっていた。


「そうですか。生クリームをかけるときは全て今日飲ませて頂いたポタージュのようになさるのですか?」

「は、はい。そうしてくれと強く望まれましたので」

「なにか分かったんですか義姉さん?」


 なにか納得したようなクリスティアの様子にエルが問えは、ミルクの溶けた珈琲を口へと含んだクリスティアはニッコリと笑む。


「そうですわね、その女性が何故どのポタージュにも生クリームを望んだのかは分かりましたわ」

「い、一体どうして!?」


 驚いた様子で瞼を見開いたシェフの期待を制するように、クリスティアは手を上げる。


「それをお伝えする前にあなたはその女性のことをどうお考えなのかしら?お見合いをなさることを承知されるのですか?」

「えっ、あの……」


 クリスティアの強い緋色の眼差しに言い淀んで俯いたシェフだったが、皆から先を促すような沈黙に意を決したように顔を上げる。


「実は彼女は私の初恋なんです。告白もしたことがあるのですがその恋を取れば料理人になるための夢を諦めなければならないような状況だったせいかフラれてしまい……私は料理を学ぶために留学へ。店が軌道に乗れば改めてお付き合いお願いしようと思っていたのですが……」


 店が出来て一番最初に招待したのは偶然ラビュリントス王国の王都に居ると知った彼女だった。

 それから彼女は定期的にこの店へと訪れてくれている。


「私が思っている以上に店にお客様が来てくださるようになり、これだったらと彼女の告白をしようといつでも意気込むのですけれど……料理を食べる彼女の顔を見ればフラれたときのことを思い出してしまい。折角こんなに美味しそうに食べてくれているのにもう二度とその顔が見れなくなってしまうかもしれないと思うと勇気が出ずにいるのです」


 肩を落として項垂れてしまったシェフは手に持つ帽子を捏ねるようにして握る。

 そんな風にいつまでも手を拱いていたら今回の見合い話となってしまったのだ。


「そう、ではわたくしがお伝えしても差し支えはございませんわ」


 その自信のなく縮こまる姿にニッコリ微笑んだクリスティアはその背を押すために口を開く。

 きっと故郷に帰り幸せな花嫁になるであろうという迷妄を取り払うために。


「シェフはご自身のポタージュがアンジャベルのポタージュと呼ばれていることはご存じですか?」

「アンジャベル?いいえ、初めて知りました……アンジャベルとは一体?」

「あぁ、そうですわね。わたくし達のような社交に出る者ならば花の名を良く存じておりますのですぐに思い浮かべますが……皆様にはカーネーションと言ったほうが馴染みがあるかしら?」

「へぇ、アンジャベルとはカーネーションのことなのか」


 元は外国の花で輸入するときにアンジャベルの名でラビュリントスには入ってきたらしいのだがその時は社交界では定着せず、改めてカーネーションの名で広めると不思議とその名で定着した花だ。

 ヘイリーがポタージュの様相を思い出し、確かに白いクリームがカーネーションの花のようだったと、社交に出る者達は洒落たことを考えると納得したように感心した声を上げる。


「そしてポタージュに描かれているのは全て白のクリームのカーネーションです。その白はどのポタージュにも描かせるほど彼女にとっては重要なことだったのです」

「重要……ですか?」

「えぇ。白のカーネーションの花言葉は、あなたへの愛は続いています。ですもの」

「えっ……?」


 だからこそ恋人同士から好評なのだろう。


 意味はお分かりになりまして?っとそれはそれは綺麗な表情で微笑んだクリスティアの言葉に……。

 理解をしているようでしていない顔でゆっくりと固いバケットを噛み砕くようにその意味を飲み込んだシェフはボトリと帽子を床へと落とす。


「とても素敵な幼なじみですのね。あなたの夢を応援しあなたを奮起させるために一度はその身をお引きになられた。そして今、いじらしくもあなたへの愛を伝え続けているのです」


 1度目はどうしようもない理由から手放してしまったその愛は枯れること続いているのだと。


 途端、シェフの顔が赤く赤く。

 それはそれは憐れなほどに真っ赤に染まる。


「あ、あの、あの!わ、私は一体どうすれば……!?」

「ふふっ、そうですわね。一つ助言を差し上げるとしたらお返事は黄色のカーネーションでなさるのがよろしいかと思います」

「き、黄色いカーネーション、ですか?」

「えぇ。花言葉は、あなたを愛します。ですもの」

「まぁ素敵だわ!そしてあなたの想いをきちんと伝えなさいね、それが彼女のそしてあなたの幸せになるんだわ!」


 ドリーが夢見る乙女のようにうっとりとした声を上げる。


 若者達の恋物語はこれから先、希望に満ち溢れているのだと、深々と頭を下げて急ぎ厨房へと戻るシェフの後ろ姿を見送る。


 きっと彼女に出す黄色の花が咲くであろう始まりのポタージュは思い出深き最高の料理となるだろう。


 そしてそれは恋が叶うジンクスとなってラビュリントス王国に広く広く広まることとなるのだ。


「若者の恋は素晴らしいわね」

「ドリーの美しさならば今からでも新しい恋を始められるさ!」

「もう、お兄様ったら。私はアーサーとの恋が最後の愛よ」

「なんてこった!この場に居なくても憎らしい奴だ!」


 聞きたくなかった!と声高々に叫んだヘイリーにドリーもクリスティアもエルも大いに笑う。


 今頃一人残された邸で一人寂しい食事に拗ねているはずのアーサーが妻に惚れられていると噂されていることを知らず盛大なくしゃみをしているだろうことを心に思い描きながら……。

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