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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
乙女ゲームと遺言書の謎
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そして彼女は後悔する③

「ねぇフラン様、私がこんなこと言うのもなんだけどさ。あんまりロバート様のこと邪険にしないであげてよね」

「えっ?」

「入学式で一目惚れをしたとか言ってるみたいだけど本当はロバート様とあなたは幼い頃に会ってるのよ。あなたは覚えてないかもしれないけど小さいロバート様がお兄さんに虐められて泣いていたとき、何処だったかな……確かイベントがアンテイアの庭園だったからそこだったと思うんだけど、そこであなたがハンカチを差し出してその涙を拭ってあげたの。ロバート様は家族に恵まれてなかったからそれが嬉しくてあなたのことが好きになったのよ。あなたから預かったハンカチは今もずっと大切に持ってるんだから」


 ロバートは所謂庶子で、母親は父親が懇意にしていた娼婦の一人だった。


 娼婦を囲っていたことから分かるように家族仲は良いほうではなく、幼い頃から愛情というものに恵まれなかったロバートは家族の中で冷遇されていた日々の中でたった一度フランに優しくされた記憶を心の支えとしていた。

 若干の重さを感じる初恋のエピソードを前世のゲーム画面で知ったときには少しどん引きしたアリアドネだったが、フランが同じだとは限らない……だからアリアドネが少しくらい背中を押したって構わないだろう。


 だって以心伝心なんてないのだから。


 自分の心はちゃんと言葉で伝えなければ相手に伝わらない。


 だからロバートもその心の内にある真意を素直に口や表情に出せたなら……口下手だし、準騎士になってからは尚のこと表情筋は険しいままで固定されてしまったので、自分から素直になるなんてことは到底出来ないだろうけれども(だからこそフランに避けられている)、真面目で、不器用で、まぁ、それなりに悪い人ではなかったのだから……アリアドネはロバートに幸せになって欲しいのだ。


「フラン!またこんな奴と共に!」

「まぁロバート様ったら。何度も申しあげておりますけれども図書室ではお静かになさってくださいな」

「ぐっ!?」


 フランの居るところにロバート有り。


 いい加減ストーカー罪でフランに訴えられ接近禁止命令でも下りそうなロバートの怒鳴り声に、しぃーーっと人差し指を唇に当てたクリスティアは再三の注意を笑顔で促す。

 クリスティアを睨みつけながらも司書の鋭い視線を感じ声の調子は落としつつも相変わらずロバートは牙を剥き続ける。


「フラン、こんな奴に関わるから危険な目に遭うんだ。あの愚かにも危害を加えようとした男もここに居た怪しい人物も……全部マーシェ邸に繋がっていたではないか」

「怪しい人物……ですか?」

「あぁ、マーシェ家の相談をフランが頼む前にも居ただろう?」

「どなたのことでしょう?クリスティー様のお知り合いですか?」

「いいえ……どなたのことですかロバート様?」

「そこの本棚の後ろに居た見知らぬ黒髪の男だ。貴様の話を聞いているような素振りで……マーシェ邸で狩猟部屋を調べているとき庭に同じ人物が居たからてっきり貴様の知り合いかと思っていたんだが……」


 クリスティアはてっきりアリアドネのことを言っているのかと思ったのだが……。


 そうではない別の人物を見たらしいロバートはクリスティアが忍び込ませた密偵だと思っているらしく、見知らぬ人物を誰にも何も言わずに潜り込ませてと眉を顰めて嫌味のつもりで自身の左後ろの本棚を視線で示す。


 勿論クリスティアはその黒髪の男性に心当たりはない。


 第一ラビュリントス学園で身体に黒色を持つ人物というのは数えるくらいしか居ないので、姿を見ればロバートですら誰かはすぐに分かるはずだ。

 なのに心当たりがないということは外部の人間だろうと、クリスティアが心当たりがあるかとルーシーを見ればその顔は驚きの表情を浮かべているのでルーシーですら気付いていない人物がその場に居たのだ。


「とにかくお前になにかあればお前の家族が心配する……それに、その……お、お、お」


 不審な男のことよりもフランのことを気にかけて、俺も心配するとでも言いたいのだろうが吃るばかりで「お」からその先が決まらないロバートに呆れるアリアドネとクリスティア。

 「お」をただ聞かされ続けるフランも困ったように眉を下げながら立ち上がりロバートの顔を見つめる。


「あの、この度のことは私がクリスティー様にご相談したことですので起きたことは全て私の落ち度です。それにクリスティー様は私の友人ですのであまり邪険になさらないでください」


 アリアドネの話を聞いたせいか真っ直ぐとロバートを見つめたフランは、この人はいつも自分に対して乱暴だっただろうかと冷静に考える。

 確かにフラン以外に対しての態度(特にクリスティアに対して)はあまり良いとはいえないけれども、いつもフランに対してはどう接して良いのか分からないような……緊張して無愛想になっているそんな態度だったと今更ながらに気が付き、今まで感じていたロバートへの苦手意識がフッと過ぎ去る風のようにフランの胸の中から流れて和らぐ。


「あの……マーシェ邸でのことまだお礼を申し上げておりませんでした。助けていただきありがとうございます。今度なにかお礼をさせてください、ロバート様」


 何事も言葉にしなければ伝わらないとクリスティアとアリアドネの言葉に背中を押されて自然と口から吐いて出たお礼と初めて呼んだロバートの名前にフランの頬が熱くなる。


 家族以外の男性を名で呼ぶことにフランはあまり慣れていない。


 それでも彼の名を呼んであげたいとフランは自然と思ったのだ。


 そしてそれを知っているロバートは初めて呼ばれた名に体を固まらせる。


 その驚いて瞼を見開いた姿が……フランが幼い頃、広い庭園を迷子になったのか泣いていた少年を可哀想に思いその涙を拭ってあげたときの驚いた顔と重なって……あの時に感じたような一人でいる寂しさを憐れんだ気持ちを思いだし胸が少しだけギュっと切なくなる。


「いや……君が無事なら……それでいいんだ……」


 いつも逃げられているせいかフランの予想外の反応に蚊の鳴くような声を上げて視線を逸らし真っ赤な顔で天井を見つめて拳を握り締める掌に爪を立てることでなんとか正気を保っているものの今にも倒れそうなロバート、その姿がなんだかおかしくて……。

 もうあんな風に泣いている子供ではないのだと安心した気持ちで微笑んだフランの頬も染まる様子にクリスティアは穏やかな気持ちで紅茶を飲み、アリアドネは頬杖をついたまま生暖かい眼差しを二人に向ける。


 フランは歩み寄ったのだ。


 これからこの二人がどう進展するかは全てロバート次第なのだろう。


「それでは私は先に失礼いたしますクリスティー様。この後に兄と約束がございますので」

「えぇ、素晴らしい学園の騎士が馬車までお送りになるそうなので問題はないでしょうけれども気を付けてお帰りになって」

「あ、あぁ!馬車まで送る!」

「はい、ありがとうございます」


 クリスティアに促されて、慌てたロバートがエスコートのための腕を差し出せば躊躇いなくフランの手が触れる……それに嬉しいという感情が爆発して破顔しそうになる表情を無理矢理押さえたいつも以上の険しい表情を携えたロバートはゆっくりと歩き出す。


 今、自分がどれだけ幸運な状況にあるのかロバートは初めて呼ばれた名前と怯えることなくフラン自ら触れてくれた手に浮かれて気付いていないのだろう。

 お礼と称してお茶に誘えばフランは躊躇うことなく頷くだろうし、社交のパートナーを望んでも立派に務めあげてくれるはずだ。

 特に社交のパートナーを務めるということはフランを婚約者にと望んでいる他の者達への牽制にもなるという絶好の機会なのに……そういうことを分かっていないところが勿体ないけれども鈍感で愚直なロバートらしいと。


 きっとそう遠くないうちにフランのロバートに対する苦手意識もすっかり溶けて無くなるだろうと上手なエスコートとはいかない、まだ少し距離のあるぎこちない二人をクリスティアは微笑みを持って見送る。

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[一言] 黒髪の男こわい
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