そして彼女は後悔する②
「今日ヴィオラ先生は領民の支持を得て爵位を引き継がれたそうです。エリン様とアルフレド様は素直に犯行を自供なさっていると伺いました。エリン様は薬を奪ったときに伯爵を殺すつもりはなく少しくらい苦しめばいいとそう思ったそうです。薬の中身を捨て自死の筋書きを書いたのはアルフレド様だそうです。ヴィオラ先生はお二人の罪の減刑を嘆願なさいました……ご家族を大切になさっていた伯爵もきっとそう願うだろうからと申しておりましたわ」
「そうですわねフランさん……伯爵は病気でも気丈に振る舞っておられたようですので病状がそこまで深刻だとは誰も思っておられなかったのでしょう。エリン様達にとっても思いも寄らぬ結末となったのです。警察のほうでも薬を奪ったことは咄嗟の行為であっただろうし、それによって死亡したかどうかは判断出来ないとおっしゃっておりましたわ。薬を飲んだとしても伯爵が助かった保証はございませんから……お二人は過失致死となり殺人罪よりは重い罪にはならないでしょう」
「そうなのですね」
「領地に関しての考えがエリン様とアルフレド様で違ったのは薬を奪ったという罪悪感がエリン様にとって深かったからでしょう。せめて伯爵が愛した領地だけは守ろうとなさったのです。逆にアルフレド様は母親代わりだったエリン様を守るためにあの土地全てを手放し、忌まわしき思い出から遠ざけようとなさったのです」
そこにあるのはどちらにせよ家族の愛情だ。
深く深く後悔し、その罪を償うため嘘偽りなく犯行を自供しているエリンとアルフレドにヴィオラからの嘆願もあるのならば尚のことその罪は軽いものとなるだろう。
とはいえアルフレドはフランを人質にしようとしたことは許されることではないが、直接の謝罪の手紙とヴィオラからのお詫びがあったそうなのでロバートの腹の虫は治まらないだろうがフランからはその罪は問わないで欲しいと対人警察には伝えているらしい。
腕を掴まれたあの時、あの瞬間、フランは驚いたものの恐怖とは違う別の感情をアルフレドから感じていた。
それは紛れもなく家族を守ろうとするアルフレドの愛情だったのだろう。
「それに最後の最後で自分の死を覚悟した伯爵はヴィオラ様にその意思を伝える努力をしておりました。遺体の状況はシャンデリアを見上げ、死後の反応で少しばかり変形しておりましたけれども肘掛けに乗った左手は人差し指を上へと示すように向けておりました。宝の地図を準備することが出来なかったのでなんらかの代わりを準備しようとなさったのでしょう……残った力が少しでもあるのならば家族のためになんらかの想いを残すとおっしゃられていたことを伯爵は実行なさったのです」
それがどんな想いで残されたのかはクリスティアには分からない。
だが最後の最後まで家族を想ったことだけは間違いない。
「想いを口に出すことばかりが愛情ではないのでしょうけれど、出さなければ伝わらないこともあるのでしょうね」
「そうだね、例え家族であったとしても自分の心の内っていうのは自分以外には誰にも分かんないんだから」
以心伝心なんていうものは相手のことを知った気になっている自分にとって都合の良いまやかしでしかない。
今回のマーシェ家のように少しでもその心に疑心が湧けば本当に想っている心は伝わらず、時には悪意となって相手へと向かうのだ。
深く頷くアリアドネは家族にすら自分が聖女であることを隠している負い目があるのでそれがよく理解できるのだろう。
「思えば陛下は最初から伯爵の遺言書が別にあることをご存じだったのでしょうね」
条件のある爵位の譲渡を許していたのならばその旨の書かれた遺言書が別にあると知っていたからこそ領地管理を建て前にクリスティア達がマーシェ邸へと赴くことを許してくれたのだ。
陛下なりに先の王の友人であるリアドの真実の意思を明確に示したかったのだろうけれどもそれならそれで最初からなにか手がかり的なことを言って欲しかった。
「ヴィオラ先生はお二人の裁判を見届けましたら領地に戻ることとなりましたので私の教師も辞することになりました。領地で学びたい者達に学問を教え、リアド伯爵が愛した土地を精一杯豊かにするのだと張り切っておりましたわ」
悲しみを産んだ場所ではあるけれどリアドが最後まで大切にし、その未来を任かせると望みを託してくれたのだ。
覚悟と責任を持って背負っていくと強い意志と共に微笑んでいたヴィオラをフランは思い出す。
「寂しくなりますわね、ですが彼女はとても良い領主となるでしょう。ご迷惑でなければランポール家が懇意にしております領地経営の専門家をご紹介いたしましょう。わたくしすっかりあちらでは悪い女でしょうから少しは払拭しなければなりませんし……この先、ヴィオラ様に訪れる不安が少しは和らぐと思いますわ」
「えぇ、きっと。ありがとうございますクリスティー様。今回のことが理解されれば悪い噂などすぐに消えますわ。ヴィオラ先生もご紹介していただければとても心強いと思います」
「わたくしの敬愛する探偵もおっしゃっておりましたもの、どんな問題もその専門家に解決を任せるべきだと。領地管理には領地管理の、遺言書探しにはわたくしという専門家を。そういった方々にきちんと任せるという知識を披露したヴィオラ様は見事、真実の遺言書を手にいたしましたわ。わたくしはあやうく伯爵に完敗してしまうところでしたけれども、ヴィオラ様は完全なる勝利を収められたのです」
始めに見付けた遺言書を真の遺言書だと勘違いしたクリスティアとリアドの勝負は悔しいが引き分けだろう。
ヴィオラが去ることに寂しそうではあるもののその選択を応援していると微笑むフランにクリスティアも頷く。
そんな二人の様子を両肘を机について手に顎を乗せて聞いていたアリアドネが少し考えるそぶりをしながら仕方なさそうに口を開く。