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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
乙女ゲームと遺言書の謎
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エヴァン・スカーレット

 それから四日後。


 クリスティアによって発見されたリアドの遺言書はユーリの紹介した筆跡鑑定人により鑑定され、無事にリアド本人の筆跡であることが証明された。

 だがエリンとアルフレドはそれを不服として訴え出たらしく、マーシェ家の騒動はこれからまだまだ続きそうだと一応報告までにと伝えてくれたフランはヴィオラを思って悲しんでいた。


 訴え出た二人には大変恨まれているだろうがクリスティアは遺言書を発見できた後はもうマーシェ家の騒動に興味はなく、普段と変わらない日常のなかで新しい謎を探したりしながら今日は学園の一角にある部屋の扉をノックしていた。


「どうぞ」

「お邪魔いたしますエヴァン先生」

「やあ、君ですか」


 左右の本棚に並べられた多種多様の本、整理された書斎机に部屋の中央には来客用の机と椅子が四脚。

 部屋全体に太陽の光りを取り込める大きな窓があり、その窓枠に寄りかかるようにして緋色の髪を後ろで一つに束ね、手に持っていた書類から顔を上げた青年は黄金色の瞳を柔和に細めてクリスティアを向かい入れる。


 エヴァン・スカーレットは魔法道具を制作する魔具師であり、ここラビュリントス学園の教師でもある。


 28歳の若さで王国随一の魔具師となった彼は王城の一角に専用の魔法道具制作場を与えられるほど優秀な存在で、ユーリの幼なじみとして婚約者として王城に頻繁に出入りしていたクリスティアとは大変親しくしている。


 彼女に頼まれてミサを作製したのもエヴァンだ。


「この度は位置追跡の出来るブローチを作成してくださりありがとうございます、音楽もわたくしが準備した譜面通りの曲でしたわ」

「いえいえ、君から聞くお話は大変興味深く面白いのですからそういったことに役立てられるのなら喜んで準備しますよ。お役に立ちましたか?」

「十分に」

「それは良かったです」


 その曲は素晴らしきマザーグースだった。


 ブローチを作って貰うときになにに使用するのかの説明は予めエヴァンに伝えているので、問題なく使用できたしその働きは期待以上だったと満足するクリスティアに微笑んだエヴァンは窓枠から立ち上がると持っていた書類を書斎机へと置き、左手側に小さくスペースを取っているキッチンキャビネットに置かれたカップに紅茶を注ぐとクリスティアを椅子へと座るよう進めその前にカップを置く。


「それで、ブローチはどうしますか?位置追跡のものですしプライベートを覗かれているような気になってしまうのならこちらで預かりますけど」

「いいえ、エヴァン先生。ブローチはわたくしの手元にはございませんわ。殿下もエルも結局わたくしに返さずに持っていってしまいましたもの」

「ははっ、そうですか。彼らはきっと君に追跡されてもなんら問題はないのでしょうね」


 それはそれで追跡しているつもりが追跡されているような気がしてあまり良い気がしないでもないが、クリスティアの知らないところでなにをしていたとしてもそれは不実ではないからこそ追跡されていても問題はないという彼らの自信なのだろう。

 とはいえクリスティアは今回のこと以外で位置追跡のネックレスを使用することはきっとないので、ネックレスはジュエルリーボックスの奥に仕舞われるのだろうが。


「そういえばこの前、ルーシーさんが契約紙を取りにきたのでお渡ししましたがあれで問題はなかったですか?」

「えぇ、とても素晴らしい契約が滞りなく結べましたわ」


 椅子に座り紅茶を一口飲んだクリスティアは好みの味に笑みを溢す。


 アリアドネとの契約に使った契約紙はエヴァンの作成した特別な契約紙でクリスティアは度々それを使用させてもらっている。

 クリスティアがそれをなにに使っているのかエヴァンは一度も聞いたことがないので知らないが、悪いことに使用したという話は聞かないので彼女が満足出来たのならば特に問題視はしていない。


「エヴァン先生、この遺言書探しでわたくし全ての真実を暴きだすことが必ずしも重要なことではないと学ばさせていただきましたわ。時には遺族を慰めるための沈黙が必要なこともあると……それが良いことかは分かりませんけれども」


 結局リアドの自死の件は暴かれることはなく伏せられたままなので、現段階ではリアドの名誉は守られてはいる。

 だがクリスティアが黙っていたとしても新たな遺言書を不服としているエリンやアルフレドが心神喪失を訴えるためにリアドの死の真相を暴かないという保証はどこにもない。

 そうなればきっと大々的に世間へとリアドの自死は広まってしまうだろう。

 それはマーシェ家にとってもヴィオラにとっても望むことではないはずだが……人の欲というものは追い詰められれば追い詰められるほど凶暴になり理性を失うものだ。


「そういえばこの度、伯爵が魔法道具を使用して遺言書を隠していた宝箱を見えなくしておりましたのよ。先の戦争で狙撃兵だった伯爵が使用していた魔法道具だったようなのですけれども剣の形をした物で……試しに持ってみたのですけれども大変重くて戦場で使用するには些か起動性を欠く不便そうな物でしたわ」

「そうですね、昔の魔法道具は大きくて重くて壊れやすいが当たり前でしたから。今みたいに軽くて丈夫な物は無かったんですよ。映像機なんてものはお城の客間にあるようなシャンデリアほどの大きさでしたし。魔法道具は戦争時には武器に代用出来るようにもしてましたからね、銃を持っているならば別の武器として持たせようと思ったのでしょう」


 戦争時の魔法道具は魔具師であるエヴァンもよく知っているので、確かに重くて不便な剣型の魔法道具は防具にはなりそうだけれども武器にはならなそうだとおかしそうに笑う。

 その何気ないエヴァンの言葉に瞼を見開いて驚いた顔をしたクリスティアは突然立ち上がる。


「まぁ!勝利の礎!幽霊ですわ!噴水の幽霊は真実であったというのに!わたくしったらなんてお馬鹿さんなんでしょう!」

「勝利?幽霊がどうかされましたか?」

「エヴァン先生、ありがとうございます。わたくし確認しなければならないことがございますので失礼いたしますわ」

「そうですか?ではまた」


 一人芝居のように声を上げたクリスティアは思い至ったなにかを分からせてくれたエヴァンの手を感謝と共に握る。


 エヴァンのなにかしらの言葉で新しくなんらかの謎を解いたのだろう。


 クリスティアは興奮すると周りが見えなくなるのはいつものことなので特に気にした様子もなく、跳ねるようにして去って行くその姿を楽しそうでなによりだと微笑みながらエヴァンは金の髪が揺れるその背中を見送った。

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