新たな遺言書②
「書斎を見ておりましたらわたくし一つ気になることがございました。この部屋にあるこの種類の違う椅子、伯爵が亡くなられたときに座られていた椅子ですけれども固定されていて動きません。どなたか理由をご存でしょうか?」
椅子の後ろに立ちその背もたれを掴んだクリスティアは前後に揺さぶってみるがピクリとも動かない。
エリンとアルフレドの驚いた顔を見るに固定されていたことは今、初めて知ったのだろう。
誰も理由は知らないらしくただただ疑問に顔を見合わせる。
「誰もご存じないようなのでご説明させていただきます。扉を開いてくださるかしらルーシー」
ルーシーが頭を下げて書斎の扉を開く。
観音開きの開け放たれた扉は閉塞されていた部屋に淀んでいた重苦しい空気を外へと一気に浚っていく。
「この固定された椅子は理由があって固定されております、新しい遺言書を示すには動かされると都合が悪かったのです。伯爵は随分と悪戯心のある方だったのですね。人が亡くなられた場所に座るというのは大変勇気のいることです。ですがご家族の誰かが思い出に浸るために座ることもございますでしょうし、掃除の為に使用人がその背の後ろに立つこともございますでしょう。そしてこの固定された椅子から顔を上げて見た先、扉のその先まで真っ直ぐ前を見ればそこには狩猟室があることに気が付くのです」
クリスティアが躊躇いなくその椅子に座り先を示すように指を差す。
その姿にエリンが顔を逸らしたのはリアドの遺体の第一発見者だったからか……指を差すクリスティアのその姿がリアドと重なって見えたのかもしれない。
指の先を追うように一同の視線が扉の先へと続き、いつの間にか移動したのかルーシーが狩猟部屋の扉を開く。
開かれた四角形の空間の先では小さく子馬のスツールが見える。
「ご覧の通りこの椅子に座って見えるのは狩猟室に飾られたあちらの子馬です。あれは剥製ではございません、精巧に作られたスツールでございます。どうぞ皆様、狩猟室へご移動をお願いいたします」
クリスティアが座る椅子の後ろに立ったユーリが視線を真っ直ぐ先へと見据えれば確かに、見えるのは昨夜クリスティアを乗せたあの子馬のスツールだ。
こちらに向かって斜めに体を向けている後ろ姿はなんとも滑稽な姿で、顔をこちらの方向に向けていないことが逆に不自然にも思えてくる。
そして移動した狩猟部屋でスツールを囲うように皆が立つ。
「こちらのこの子馬のスツールも固定されております。鞍があるので乗ることが出来ることは昨夜わたくしが殿下と共に確認いたしました。書斎の椅子はこちらのスツールを、ではこちらのスツールはなにを見ているのか……ジョージ様よろしかったらこちらのスツールにお乗りいただけますか?」
「えぇ、構いませんよ」
クリスティアに促されて飛び乗るようにスツールへと跨ぎ乗ったジョージは乗馬をするように背筋を伸ばす。
その姿にヴィオラは幼い頃に自分も同じように剥製に乗り、リアドによく叱られていたことを思い出す。
「視線の先にはなにがございますか?」
「なにがと言われてもただの壁があるとしか……あぁ、あの小さい子供用の椅子ですね」
ジョージの視線の先にはただの壁と少し上に丸い嵌め殺しの小窓があるだけなのだが……なにかないかと探すように視線を下げればそこには子供用の小さな椅子が壁に向かって設置されている。
よく考えれば頭を少し下げているこの子馬の視線は確かにあの子供用の背もたれ椅子を見つめている。
「ありがとうございますジョージ様、降りて下さって結構です。さて、あちらの小さな背もたれ椅子なのですけれどもあの椅子は窓に向かって前の座枠が壁にピッタリとくっついておりますので座ることが出来ません。ですがこの椅子も他の椅子同様に固定されております。ロバート様」
「な、なんだ!?」
「あの椅子の上にお立ちくださいませんか?」
「上に?」
座るものに立つのは些か抵抗があるのだがこの謎解きの成り行きを興味深そうに見ているフランの手前拒否は出来ない。
渋々その背もたれ椅子に立ち上がったロバートはこれで満足かと言うようにクリスティアを見るが、こちらを見られてもなんの意味もないのでクリスティアはその後ろにある壁の小窓を示す。