早朝の告白③
「叔母が……祖父の遺体を発見したとき、その前には薬の入った瓶があったそうです……いつも飲む心臓の薬です。前日にその残りの量を使用人達が見ていたそうなのですが半分あった薬の量は全て無くなり飲み干されていたそうです。薬を出した薬剤師も用量を守っていれば無くなる量では到底なかったと申しておりました。薬も多すぎれば毒となります。祖父はそれを飲んで自ら死を選んだのだということは瞭然だったそうです。ですが幸いなことに来られた警察の方が発作で苦しくなったので薬を飲もうとしたけれどちょうどそれを切らしていたのだと見解を述べられたそうです……先の戦争での功績を知っている者は勇ましい祖父の姿と自死とを繋げることは難しかったのだと思います。自死と書けなかった検屍官はその意見を参考にしたそうです……使用人達も薬の件は祖父のために口を閉ざしてくれております」
知られたら責められることは皆理解している、死因を改変したのだから。
けっして許されることではない。
だが全てリアドを想ってのこと、どうかその想いだけは悪とはしないで欲しいとヴィオラが頭を下げる。
「遺言書が偽物かもしれないという手紙は自作ですか?」
リアドの死因を偽ったのならば手紙の件も事実なのか確かめずにはいられない。
目的は分からないが、一つの偽りは全ての疑いになってしまうと問うエルにヴィオラは顔を上げる。
「違います!それは本当に届いたものです!ただ私は……私はっ!」
「遺言書ではなく遺書があるのかもしれないと……そうお考えなのですね」
クリスティアの悲しみの込められた微笑みに歪めた顔を手で覆い膝を突いたヴィオラはなにもかも知られているのだと理解し、何度も何度も頷く。
「はい!はいクリスティー様!お爺様はなにも言わずに自殺するなんてそんなことは絶対にあり得ません!どのような最後になったとしても残った力が少しでもあるのならば家族のためになんらかの想いを残すとそう申していたのです!ですから必ず最後の想いを残したはずなのです!」
差出人不明の手紙は好機だと思ったのだ。
ヴィオラには最後にリアドが残したであろう想いがなにか発見することが出来なかった。
だから手紙でなくてもいい、行動や姿でリアドがなにかを示していることがあるかもしれない。
ヴィオラが発見できなかったなにかが。
伝えたかったなにかが。
ラビュリントス1の推理力を持つクリスティアの手によって見つけ出すことが出来るのではないかと差出人不明の手紙を使って僅かな望みを託したのだ。
ヴィオラがリアドの二名の署名の書かれた遺言書があると聞いたとき驚いた表情をしたのはあるのは遺言書ではなく遺書だと思っていたからだろう。
それにエリンやアルフレドに差出人不明の手紙のことを言えないでいるのは言うなとの指示があったのもあるがリアドの死の際に邸に居たことを心の何処かで怪しんでいるからだろう。
遺書ならばきっと亡くなったリアドの側にあっただろうから……。
「クリスティー様のお噂はフランお嬢様から何度もお聞きしておりました。なのでもしかしたらお爺様の想いをなにか探し出すことが出来るのではないかとそう思ったのでございます。本当に本当に申し訳ございません」
「いいえヴィオラ様、お辛いことをお聞きしてしまって申し訳ございません。始まりが伯爵の自死であれば納得いくことがあるのです。それに二名の署名があったことを考えるとやはり遺書ではなく新しい遺言書があるものだとわたくしは考えております。それがヴィオラ様の望む内容かは分かりかねますが必ず見付け出しましょう。それとご安心下さい、伯爵の死因の件はわたくしもエルも口外するつもりはございません。それはこの平和な世の礎を築いてくださった英雄への敬意であると考えます。伯爵の愛しておられた領民への配慮でもございますわ」
「えぇ、僕も胸底に秘めることを義姉に誓います」
「ありがとうございます、感謝いたします」
その両肩に触れたクリスティアの掌に顔を上げたヴィオラは袖で涙を拭って立ち上がると深々と頭を下げる。
厨房から慌ただしい音が聞こえだしたので使用人達が全員目を覚ましたのだろう。
こんな所でランポール姉弟が涙を流すヴィオラを囲んでいる姿を見られると使用人達から彼女を虐めていたと更に白い瞳で見られ追い出されそうなので、フランス窓から食堂へと入る。
「あぁ、そうだわ。ヴィオラ様の身長はどれくらいかしら?」
「私……ですか?160センチですけれど」
「ではエリン様とアルフレド様は?」
「叔母様は170センチほどで叔父様は180センチございます」
「ありがとうございます、大変納得いたしました。ご安心ください、わたくし伯爵の新しい想いを見付けましたわ」