早朝の告白②
「ヴィオラ様、早い時間にお呼び出しをしてしまって申し訳ありませんわ」
「いいえ、クリスティー様。エル様もおはようございます」
フランス窓からテラスへ現れたのはフリルスタンドカラーの茶色のドレスにストールを巻いたヴィオラの姿。
クリスティアを見て、そして隣に立つエルを見て驚いたような戸惑ったような表情を浮かべている。
「義弟は……たまたまこの場に居合わせただけですが、口が堅い子ですわ。ご一緒しても宜しいかしら?」
「は……はい」
ルーシーにクリスティアが呼んでいると呼び出されたのだろう。
予想外のエルの姿に不安げなヴィオラに邪魔になるのならば退散しようかと思ったのだが、クリスティアがこの場に居るようにと制する素振りを見せるのでエルはそのまま留まる。
「ヴィオラ様。わたくし、あなたから事実をお聞きするためにお呼びいたしました」
「事実……ですか?」
「はい」
静かな声でヴィオラを見つめるクリスティアのその真っ直ぐな緋色の視線にヴィオラは心の内を見透かされそうで……怯えたように瞳を揺らす。
「伯爵の死因について偽りがございますね?わたくしヴィオラ様とお話しする前に対人警察署で伯爵の亡くなられた際の現場写真を見せてもらいました。背もたれ椅子に座られて亡くなられていたお姿と、その前の机の上には薬の瓶がございましたわ。もし検屍官のお見立て通り伯爵が病気で苦しみ薬を取ろうとして間に合わなかったのならばそのお姿は前のめりになって薬を取ろうと腕を伸ばしたりするはずです。ですがその体は天井を見るように椅子に背をもたれておりました。そして腕は薬に手を伸ばしておりません。どうぞわたくしには嘘偽りはおっしゃらないでください」
全ての事実は推察出来ているのだとそう告げるクリスティアの毅然とした態度にヴィオラが瞼を見開き覚悟を決めたように唇を震わせる。
「全て……お察しの通りでございます。祖父は……祖父は……病死ではございません、自殺したのです!」
「それは……!」
眉を下げ悲痛に顔を歪ませたヴィオラにエルは言葉を失う。
クリスティアが聞き出そうとしたのはこのことだったのか!
戦の英雄が!
勇ましく敵を屠ってきた戦士が!
自殺したなどと誰に言えよう!
リアドの功績を前にすれば身内として、彼を愛する家族として、その結末に口を噤むことだろう。
同じく口を噤んだエルはだがしかしクリスティアから聞いたリアドの検死では病死となっていたはずだと、その疑問に戸惑う。
「どうぞ検屍官を責めないでください、彼は祖父の援助で医学の道に進み大変恩を感じているのです。戦場で勇ましく戦った戦士である祖父が自ら命を絶ったなどとは記せなかったのでございます」
「ヴィオラ様、詳しくお話をお聞かせ下さいますか?」
「はい……祖父は年々悪化する心臓の痛みに大変気を弱らせていたようです。病気のことは私も存じておりましたが気丈にしておりましたし表には出さないようにしておりましたので私も敢えて触れるようなことはいたしませんでした。いいえ、いいえ祖父は変わらず元気そうでしたので触れずとも大丈夫だと思っていたのです!ですがそれが間違いだったのです!亡くなる一週間前、祖父は唯一の楽しみでした狩猟も心臓に負担が掛かるという理由で医師の診断により止められたと手紙に書いておりました。狩猟は祖父にとって唯一の楽しみでしたからそれはそれは気を落ち込ませていたようだとのちに使用人達から聞きました。あの日、祖父が亡くなった日……窓から見える一匹の鹿の姿を見た祖父は叔母に申したそうです。狩りが終わってしまえば残るのは硝煙と勝者の息遣いだけ、自分とあの獣とでは最早どちらの呼吸が残るのか一目瞭然だと……思えばそれは祖父なりの最後の言葉だったのかもしれないと申しておりました……そして翌朝……!」
声を震わせながらも語っていたヴィオラはリアドの最後を想像し、どうしてもその先を口に出すことができないといった様子で……。
どうして祖父の最後に自分は王都に居たのだろう?
その心がどうしようもなく追い詰められていることに何故気付けなかったのだろう?
そう、押し寄せる後悔がその唇を鈍く重くする。
だがリアドの最後の想いを知りたいと望んだのは紛れもなくヴィオラだ、クリスティアはきっとそれを見つけ出してくれると信じているので再びその唇を開く。