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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
乙女ゲームと遺言書の謎
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早朝の告白①

 翌朝、朝霧たつマーシェ邸。


 自邸以外ではぐっすり安心して寝られるタイプではないので早くに目を覚ましたエルは既に身なりを整え、寒くないようにコートを羽織りマーシェ邸を散歩と称してフラフラと歩き回っていた。


 邸全体を暖めるような暖房器具は設置されていないのだろう。

 数人の使用人達が目を覚まし、部屋部屋で暖炉に火を灯している姿を見たが……暖炉の火だけではその一部屋は暖めても廊下や邸全体は暖まらず寒そうに白い息を吐き出している。


 廊下に漂う冷たい空気を肺に吸い込みながらなにか遺言書に繋がる手がかりでもないものかと静寂に包まれたサロンや娯楽室を巡り、食堂へと入ったエルは窓の外から、身長を……と細やかに聞こえた聞き慣れた声に足を止めて、声の聞こえたテラスへと続くフランス窓へと隠れるようにして近寄る。

 そこにはメイドが二人こちらに背を向けて立っている。


(一人はルーシーのようだけど、もう一人は誰だろう?)


 セミロングの焦げ茶の髪を後ろで一つに結んだ見知らぬメイドの姿は位置が悪く顔が見えない。

 エルはカーテン越しに覗き込むようにしてその顔を見ようとするがルーシーの横で隠れていることもありハッキリと認識は出来ず、見慣れた侍女の姿だけが視界に入るばかりなのでこれ以上身を乗り出せば聞き耳を立てていることが知られそうだと諦め、その前に立ち庭を見ながら話している声で分かっていたが腰にベルトの巻かれたフリルスタンドカラーに刺繍の施されたビブカラーの黒いワンピースドレスで厚手のストールを身に纏った格好のクリスティアの姿を見る。


 振り返り二人のメイドを微笑み見たクリスティアの視線が合図かのように頷いた二人はそのままエルの居るフランス窓へとは来ずに厨房の方向へと消えていく。


 もう一人のメイドが誰だったのか結局分からなかったが、クリスティア以外は誰も人が居なくなったことを確認したエルはもう隠れる必要はないだろうとフランス窓を開きテラスへと進み出る。


「悪巧みの相談ですか義姉さん?」

「まぁエル、早いお目覚めね。今日も良い天気で良かったわ」


 一切慌てた様子のないことを見るにエルが居たことにクリスティアは気付いていたのだろう。


 白い息を吐きながら鼻頭の赤く染まった顔をほころばせたクリスティアにいつからそこに居たのかは知らないが田舎の空気はストールだけでは冷えるだろうと自分のコートを脱いでその身にかける。


「まぁ、あなたが風邪を引いてしまうわ」

「構いませんよ、これ以上に寒い思いをしたこともありますから。そこまで弱くありません。それに僕が風邪を引いたら義姉さんが看病してくれるのでしょう?そうなれば役得です」

「勿論よエル。ただわたくしの看病は殿下やハリーに言わせると酷いものらしいのですけれど……それでもよろしくて?」

「構いませんよ、医者やメイドが行うような至れり尽くせりの手厚く贅沢な看病は望んでいませんから。義姉さんが僕のために労を尽くしてくれることに意味があるんです」


 それがユーリやハリーの言うどんな拷問であろうともエルにとっては極上の看護となるのだ。

 眼鏡を上げて微笑みを浮かべるエルにコートの前を握ったクリスティアも嬉しそうに微笑み返す。


「ふふっ、では甘えさせていただくわね。ありがとう、あなたと一緒でとても暖かいわ」

「……いいえ。それより、なにか分かったんですか?」


 暖かいだなんて……そんなことを言うのはクリスティアくらいだ。


 エルがランポールという家族以外には無情であることは学園などでは良く知られている事実であり、その性格は家族にすら隠していない。

 義父であるアーサーが学園で友達が出来るのか心配しているくらいには自分の性格が欠陥的であることはエルも理解しているので、クリスティアに暖かいなんて言われるとむず痒くなり照れくさくなってしまい話題をすぐに変える。


 エルがルーシーともう一人の謎のメイドと話していた姿を見たことはクリスティアには知られていることだろう。

 遺言書の手がかりはなく、手詰まりだと思っていたのだが……クリスティアだけはなにかを見付けているのだとその様子で確信したエルは疑いなく聞いてみる。


「さぁ、そうであるはずだと思うことはあるのよ。だからヴィオラ様に一つ確認をしたいことがあるのだけれど……」


 でもそれは調べれば分かることなので直接、無遠慮に聞いて良いことなのかと悩ましげにクリスティアは眉を下げる。


 調べるにはそれなりの時間が掛かる事柄だ、皆が隠していることならば尚更……この邸に滞在出来る時間を考えれば直接聞くことが手っ取り早い方法だろう。

 リアドの死と向き合おうとして、強くあろうとするヴィオラの知りたいことを知るためには内に秘している事実はせめてクリスティアだけでも知るべきことだと思っている。


 それはリアドの意思を正確に伝えるために必要なことでもあるのだから。


「必要なら聞くしかないのではないですか?」

「聞かなくてもね、大体のことは分かっているの。ただね伯爵の想いを確かなものにするにはお聞きしたほうが良いことなの、事実をお伝えするのに推測や憶測は最も必要のないことでしょう?」


 憂鬱そうに白い溜息を吐いたクリスティアのその心の曇りを推し量れないエル。

 ただ共にローウェン家でヴィオラの話を聞いた者として遺言書というよりリアドの最後の言葉を……気持ちを知りたいと強く望んでいたヴィオラのためにもその聞きづらいことを聞く必要があるのだろうとその沈んだ横顔を見つめる。


「大丈夫ですよ、なにを聞くのか知りませんが。一番は推察も憶測もない伯爵の気持ちをヴィオラ様に届けることでしょう?ならばきっと理解されるはずです」

「……えぇ、そうね」


 エルの自分も共にいるのだから大丈夫だと言うような励ましと背中を押す優しい微笑みにクリスティアも微笑み返して憂鬱な曇りを晴らす。

 どんな謎でも解くのならばそれは全て事実へと向かわなければ意味が無いのだ。


「それで義姉さん……今日もあの二人を外に連れ出したほうがいいですか?」

「いいえ、その必要ないわエル。今、ルーシーに人を呼びに行かせているからその方が来られたら皆様には書斎へお集まりいただこうと思っているの……そこで新しい遺言書の開示をしようと思っているわ」

「ではやはり遺言書を見付けたのですか?」

「まだ確証はないけれど確信はあるわ」


 驚いて瞼を見開くエルに内緒だというように人差し指を唇に当てたクリスティア。

 何処にあるのかは後からのお楽しみだとそれ以上は口を噤む様子にエルが口を開こうとしたところで、後ろからフランス窓の開く音がする。

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