夜の散策②
「……なにをしているんだクリスティア」
僅かに開いた隙間を覗いたユーリの意気込んだ気力は一気に脱力し安堵の溜息へと変わる。
そこに居るのはドッペルゲンガーも泥棒でもない。
明かりの灯っていない暗闇の中をランタンを片手に持ったクリスティアが金色の髪を揺らしてこそこそと動き回っているのだ。
「まぁ殿下、驚かせないでくださいませ」
「それはこちらの台詞だ」
声を掛ければ驚いたように振り返ったクリスティアが持っていたランタンを扉の隙間に立つユーリへと向ける。
向けられた明かりに目が慣れず瞼を細めながら、こっちらこそ心底驚いたのだとユーリは扉を閉めてクリスティアへと近寄る。
「それで?本当になにをしていたんだ?」
「寝る前に今日のことを振り返っておりましたらロバート様のお話を思い出しまして……少しばかり気になることがございましたので確認しに参りましたの」
「気になること?」
「………………」
ランタンの薄明かりで辺りを心許なく照らしながらユーリの問いに答えたクリスティアは急に黙り込む。
その気になることをユーリに話すつもりはないのだろう。
こうなるとなにを聞いてものらりくらりとはぐらかすだけなので聞き出すことを諦めたユーリは、ストールを肩に掛けた寝間着姿のクリスティアの姿に眉を顰める。
寝ようと思っていたところで思いつきそのままの格好で狩猟部屋へと来たのだろうが無防備すぎる。
好色のアルフレド辺りが見たらどうなることか……。
公爵家のご令嬢、ましてやユーリの婚約者に手を出す勇気はないだろうが、人の目に簡単に触れさせていい格好ではない。
「気にするのはいいが、一人で行動するんじゃない。明日確かめることが出来ないのならばせめて君の侍女に声を掛けるべきだ」
「ルーシーも眠っている時間ですわ。どんな者であれ素晴らしい働きをするためには心安まる休息も必要ですのよ。殿下もそうお思いになられたからお一人で部屋を出られたのでしょう?」
「……確かにそうだが」
なにをしにユーリが部屋を出たのかは問いはしないもののその心を推し量れば同じ気持ちだからこそクリスティアも一人で行動しているのだと微笑まれる。
そう言われてしまえばユーリもそれ以上はなにも言えず無駄な言い合いは諦めて狩猟部屋を改めて見回す。
四方に飾られた剥製達は様々に動き出しそうな格好をして一様にして部屋の右奥にある作業机へと視線を向けている。
自分が作った剥製に見られながら新しい剥製を作るなんて理解出来ない趣向だ。
まるでこの動物達の飼い主であるかのようにランタンで一体一体剥製を照らし出すクリスティアを横目に、暗がりの中に立ち尽くしているユーリはその中で一体だけ中央に置かれた子馬の剥製だけは作業机を見ていないことに気付く。
「これは……偽物か?」
いや、よくよく見ればこの子馬は剥製ではない。
精巧に出来ているが偽物だ。
これがロバートの言っていた子馬のスツールかと、壁を見るように斜めに顔を向けているそれには確かに、乗るための鞍がつけられている。
天井のシャンデリアの下に配置されたそれは明かりを点ければまるでメリーゴーランドのように存在を主張するのだろう。
興味深そうに偽の子馬を見ていたユーリの側へと他の剥製達を見終わったのかクリスティアも近寄ってくる。
茶色の触り心地の良い毛並みにつぶらな灰青色のガラス玉の瞳。
色合いからだろうか、なんとなく対人警察のラック・ヘイルズを思い起こされる。