王太子殿下の苦悩③
「それは……そうだろうが。一体どこで卿を拾ってきたのだ」
「ここに来る途中ロレンス卿のお邸前を通りましたら血塗れの卿がぼんやり庭の中に立っておりましたの。あそこのご夫婦は以前から色々と問題を抱えていることは社交界では大変有名な噂でしたからわたくしそれはそれは驚きましたわ。最初はわたくしも誰か人を呼ぶことを考えましたのよ?ですが卿は今にも自死しそうな顔色だったものですから……わたくしとしましてはなにがあったにせよ死人をもう一人増やすわけにはいかないという使命感からこのような方法をとらざるを得なかったのです。とはいえ卿は最終的に自死というより奥様の遺体を隠すことを考えていらしたようですけれど」
けっしてわざとではない必要に迫られた結果なのだから理解して欲しいと両手を握り懺悔を口にするクリスティアに、うっとユーリは言葉を詰まらせる。
この真摯な態度と憐れを誘うか弱き声に何度騙されたことか。
お前がそんなに甘くでるからクリスティアが図に乗るのだと友人達にも何度となく咎められたではないかと、つい許しそうになる心とユーリが葛藤する中。
クリスティアはロレンス卿の自死を食い止めたことは評価されてもいいのだからそれに免じて夜会に狂騒を巻き起こしたことも許されるべきだとユーリの葛藤を見透かしながら、その葛藤をどう良いほうに転ばせるべきかと元々気は病んでいなかったので特別落ち着く効果は無かったハーブティーを飲み終える。
ロレンス卿と話している間、卿が妻を殺したことを思い出さないよう、しかしながら自分が真実を見付けられるよう話の内容をクリスティアが誘導していたとはいえこうも操りやすい人だったからこそ夫人のヒステリーは付け上がったのだろう。
しかも貴族特有の矜持の高さから事件の発覚を恐れるというより自身が世間の晒し者になることに耐えられないからそうなるくらいならば自死を選ぶといった風だった。
実に愚かなことだ。
殺人が衝動的であったとしても相手を殺してまで自身の世界を守ろうとしたのならばその先はどうこの事件の殺人犯人が自分でないと計略を立て証明し他人を欺くかを考えなければ意味がない。
自死を留り、他人を欺くことをクリスティアによって遅ればせながら気付いたロレンス卿がもっと早くそれに気付いていれば、いや殺人が計略的で衝動的でさえなかったら……。
そんなことをクリスティアが考えたところで衝動的に終わってしまったことは仕方なく……この物語に灰色の脳細胞は必要なかったのだと諦める。
とはいえ自死を考えなくなった時点で己の罪を顧みて自首をすることを考えていれば、クリスティアも二、三度お茶会の席で娘と知り合っているのでこんな大衆の面前にロレンス卿を突き出し晒すことはしなかった。
どちらにしてもロレンス卿の選択は愚かだったのだ。
醜聞に塗れることとなった憐れなロレンス卿の末路を想いクリスティアがふふっと堪えきれずに嘲る笑みを浮かべれば……こんなにユーリがクリスティアを心配し心を砕いているというのに笑みを浮かべるとは何事かと、なにが面白いのかさっぱり分からないユーリはこの状況を楽しんでいるように見えるクリスティアの態度を窘める。