遺言書を探して③
「ではリアド伯爵は新たな遺言書を作成した様子はなかったのですか?」
「そうとは言えませんフラン様。ヴィオラ様は出入り業者のジュアル・バートをご存じでしょうか?」
「えぇ、ジュアルは邸にお野菜を運んでくれている者です。度々ですけれども祖父はお金を渡して小さいお手伝いをしてもらったりしておりましたわ」
「そのジュアル・バートなんですが伯爵が亡くなる二日前に書斎に呼ばれ用を言いつかったとの証言が使用人からありました」
「用ですか?」
「はいヴィオラ様。その使用人がジュアル・バートから聞いた話によると白紙の紙に自分の名を署名させられたとそしてそこにはベイク・カーツリーの名もあったとのことです」
「白紙の紙に二名の署名……遺言書の証明というわけですわね」
「ということはクリスティー、いよいよ遺言書がもう一つあるという説が濃厚になってきたみたいだね」
「まさかそんな……そんなはず……」
ラビュリントス王国では遺言書を残す場合、自筆証書であろうと公正証書であろうとも証人を二名立て、その名を記入しなければならない。
その二名の署名以外は白紙であったという紙に新しく遺言をリアドが書いたのならば立派な遺言書となるだろう。
ジョージが興味深そうに椅子から身を乗り出し、ヴィオラは信じられないといった様子で瞼を見開きそして、そんなはずはないと戸惑った表情を浮かべる。
その表情はまるでローウェン邸で話したときと同じ、『遺言書』があるとは思っていなかったという違和感ある表情だ。
(奇妙だこと)
遺言書探しをクリスティアに依頼してきたのはヴィオラだというのにその証拠となりえる事実が見付かれば普通は喜んだり安堵したりするものなのだけれども……そういった表情を一切浮かべないのはおかしなことだ。
おかしなことだが……もし遺言書探しの依頼をしたものの、その存在を全く信じていなかったのならば……その表情は当然であるのかもしれない。
「ルーシー。ジュアル・バートから当時のお話はお聞きしましたの?」
「まだでございますクリスティー様。確認をしようと思ったのですが邸でリアド氏のことを色々と聞く者がおり、エリン様が少しばかり周囲を怪しんでおりましたので……直接会いには行けばこちらも疑われると思いましたので邸に来るのを待っている状況でございます」
「まぁ、困った子が居たものね。ですが問題はございませんわ。ルーシー、わたくし急にビーツが食べたくなってしまいましたの」
ニッコリ微笑んだクリスティアに、何故急にビーツの話をと一同は不思議がる。
その中で、ルーシーだけはクリスティアの言わんとすることをすぐさま理解する。
ビーツの時期は今ではない、少し前に流通が終わった野菜だ。
旬が過ぎた野菜をわざわざ出入り業者の者は配達しないので食べたいのならば改めて配達を頼むしかない。
我が儘なご令嬢の我が儘な願いは早急に叶えなければならないので直接出向くのが良いだろう。
ニッコリと微笑みを浮かべたルーシーはクリスティアの意図を正確に読み取り頭を垂れる。
「出入り業者に確認いたします」
「お願いね。あともう一人ベイク・カーツリーとはどのような方なのかしら?」
「ベイク・カーツリーは王都住まいの菓子店の店主です。伯爵は良くご利用されていたようで店主とは公私ともに親しく、邸を行き来する仲だったそうです。最近来られたのは伯爵が亡くなる五日前でございます」
「まぁ!お爺様ったら!」
ヴィオラが非難めいた声を上げるので一同の視線が驚き、集まる。
それに、思わず上げてしまった声だったので恥ずかしくなったのかヴィオラはその視線から隠れるように俯く。
「申し訳ございません、大きな声を出してしまって。私には久しくカーツリー様とお会いしてないと申していたものですから……祖父は甘い物を控えるようにお医者様に言われておりましたのに、そのような嘘をおつきになったということはきっと隠れてお食べになられていたのね」
「人は大人になるにつれて誰かに言われた忠告は聞いたフリをするという悪知恵を働かせるものですよ、相手が医者ならば特に」
困ったように微笑むヴィオラにジョージがウィンクして場を和ませる。
遺言書の真偽で沈むばかりだったヴィオラの気もそれで多少は紛れる。
「ヴィオラ様にとってリアド伯爵は大切な方だったのですわね」
「はい、クリスティー様。素晴らしく、尊敬出来きる祖父でしたわ」
「エリン様とアルフレド様もですか?」
「えっ?あっ、えぇ……勿論でございます」
リアドに対してはハッキリと受け答えをするヴィオラはエリンとアルフレドに対しては少しばかり歯切れの悪い返事をする。
叔母と叔父に対しては遺産に関しては正当な相続人だとは思っていても良い感情をもっているわけではないということらしい。