王太子殿下の苦悩②
「ドレスをお贈りくださりありがとうございます。殿下がお選びになられたにしてはとても素敵なデザインでわたくし驚嘆いたしましたわ」
「それはまぁ、私にだってドレスのデザインを相談する相手くらいいるからな。共に出席する初めての夜会なのだ失敗するわけにはいかないだろう……って!私が言いたいのはドレスの話ではないクリスティア!」
婚約者としての勤めを果たしたまでだとクリスティアに褒められて実際は嬉しいユーリはしかしながらくだらない矜持を持ち合わせているので喜びを表には出さずにそれを押さえた微妙な噛み締め顔をする。
実際そのドレスをデザインするまではセンスのない装飾を考案したり造形したり……王国一の仕立屋とその針子達に胸を張り披露しては鼻で笑われ本気なのかという顔をされ悉く却下をされてきたのだ。
いい加減心が折れていたころで漸く完成した一級品のドレスなのでクリスティアに望み通り喜ばれると折れた心が修復しその称賛に満更でもないと自信が漲る……が、ハッとして今はそんなことはどうでもいいことを思い出す。
クリスティアの喜ぶ様子と賛美の言葉一つを望んで選んだドレスだけれどもその苦労を労われても今は嬉しくない。
ドレスよりも重要な、重大な状況を引き連れてきたことを分かっていないのかと明後日なことを言うクリスティアにユーリは再度声を荒げる。
「殿下。そんなにお怒りにならないでくださいな、わたくしだって自邸を出たときにはこのようなことになるとは思いも寄らなかったのですから」
望んでも一向にユーリには呼ばることのない愛称にクリスティアは肩を竦ませる。
ユーリに望まれているのがドレスの賛辞ではないことは分かっている。
しかし血塗れの男を引き連れて夜会に現れたことをわざわざ自分から白状しても怒られるだけだと分かっていたので場を和ませるためにドレスの話を持ち出したのだったが……和むどころか余計怒られてしまったのでここは素直に話をしたほうが賢明だと軽く頭を下げて改めて血塗れのロレンス卿を夜会に引き連れてきたことへの謝罪をする。
狂騒に包まれていた夜会は今はその喧騒も落ち着き皆、本来在るべきだった夜会を楽しんでいる。
とはいっても話のほとんどは先程起きたセンセーショナルなロレンス卿の登場のことばかりで……。
来賓者達の声は興奮冷めあらぬ様子で己が見たものを互いに囁き合い、そのシーンを見逃した者は見た者へなにが起きたのか好奇心から聞き出し伝え合っていく。
そして話は見ていない者から見ていない者へと伝聞していき誇大された噂が広がっていくのだ。
ロレンス卿のことだけならいいが、ユーリはその無遠慮に流され続けるであろう噂の中に婚約者の不名誉な噂が紛れ込み真実として扱われることへの不愉快さからずっと眉を顰めている。
クリスティアに意図したものではないのだから怒らないでと哀願され(とはいっても口だけなのは長い付き合いで分かっている)、自分が声を荒げているのに気付き声の調子をこの国の王太子殿下らしく落ち着き払ったものへと変えたユーリはクリスティアの向かい側のソファーへと苛立ちを抑えるようにややぞんざいに腰を下ろす。