夢の中の出来事
その夜、クリスティアは夢を見た。
懐かしい夢。
遙か昔に消え去った前世という現実。
暗い闇の中でスポットライトに当たっているかのように浮かび上がる天蓋付きのリクライニングベッドの上に一人の少女が上半身を起こし、座っている。
少女の顔は天蓋のレースに隠れてハッキリとは見えない。
ベッドの周りには数多くの機械が置かれており、そこから伸びたいくつかの管が少女の細い腕に繋がれてその身の行動を制限している。
不意に新しいスポットライトに明かりが灯る。
目が眩むほどの眩しさで照らし出されたのはベッドの横にあるマホガニーの肘掛け椅子で、その上に仕立ての良いスーツを着た一人の青年が座り俯いて本を読んでいる。
そんな二人の様子をクリスティアは暗い闇の中で青年の後ろから舞台を見る観客のように見つめている。
「先生。先生は私の両親の遺言書をどうやって見付けたの?」
結びとなった本を閉じ、少女の柔らかい声に反応した青年は俯いていた顔を上げる。
クリスティアは初めて他人の耳を介して聞いた声の音に違和感を覚えながら、遺言書探しなんてことを始めたからこんな夢を見ているのかしらと深層心理に眠っていた過去の記憶を不思議な気持ちで眺める。
「何処かに隠されていたのを探して見付けたわけではないですよ。君のご両親は生前、弁護士を信頼し遺言書を預けられていたのです」
「なんだ。てっきり私の敬愛なる名探偵のようにに何処かに隠されていた遺言書を推理して探してみせたのかと思ったのに……つまらない」
唇を尖らせて拗ねたような声を上げる少女に青年はクスクスと楽しげに笑う。
クリスティアもまさに少女の子供の振る舞いに少しばかり恥ずかしさが込み上げて、こんなに幼い子供のように我が儘に振る舞っていたかしらと苦笑いをする。
「そうだわ先生、弁護士から探偵の助手に転職ましょうよ」
「助手ですか?」
「そうよ、私が探偵をするから先生は事件の概要を私に話して聞かせるの。敬愛なる名探偵だって言ってるじゃない、事件を解決するにはただ椅子によりかかって考えるだけでいいって」
とはいえ私はベッドの上だけどっと動かない体をつまらなそうに見つめる少女に、青年は困ったように肩を竦ませる。
少女はこの数日前に高熱を出し、一週間ほど寝込んでいたのだ。
「私は弁護士で満足していますよ。それに現実世界では君が望む探偵が必要な事件は警察の領分ですし、そう起きることはないでしょうから商売あがったりです。科学技術の前では高名なる名探偵が言うところの特色のない平凡な事件が起きることは滅多とないのですから私は探偵という名の無職になってしまいます。それに弁護士のおかげで私はすんなりと君の後見人になれたのですから気に入ってるんです」
「私が猟奇的みたいに言わないでよ」
そんなつまらなそうな顔をしないでっと慰めるようにその頭を撫でる青年の優しい掌に、少女も確かに彼は助手より素晴らしい弁護士であり後見人であるほうがお似合いだと納得したように頭を擦り寄せて微笑む。
あの頭を撫でる掌が好きだった。
大きくて優しくて暖かくて。
あの掌が届くこの天蓋の下に居れば永遠に安全で守られ続けるのだろうとそう無邪気に信じていた。
「さぁ、もう遅いですから眠りましょう。熱が出たばかりなのですから夜更かしは健康の大敵です」
「朝だろうと夜だろうと好きなときに眠てても熱が出るんだから私には関係ないと思うけど、先生の顔に免じて納得してあげる」
「寛大な心に感謝いたします我が友」
「ふむ、よろしい」
恭しく頭を下げる青年と肺に空気を吸い込んで胸を張り威張る少女は顔を見合わせると、あははっと声を上げて笑い合う。
なんと穏やかな夢なのだろう。
クリスティアは胸を埋める懐かしさに自然と笑みを溢す。
「ねぇ先生。私が眠るまでお話を読んでくれる?」
「えぇ、喜んで。遺言書のお話が出ましたのであなたが敬愛する名探偵が活躍する短編を読みましょうか美咲?」
「先生、私のことはミサって呼んでって言ってるのに」
「他の人は皆、君に強制されてミサと呼んでいるんですから私だけはちゃんと君の名前を呼んでもいいでしょう?それに君も私を先生と呼んでますし」
「もう、強情なんだから。だって先生がミサって呼んでくれないから私だって先生って呼ぶのよ?意地よ意地!」
「ははっ、その意地が可愛らしくて私も美咲と呼ぶんです」
「意地悪なんだから!呼んでくれないならだったら代わりに起きたら側に居てね?先生が居ないと私つまらないの」
「勿論ですよ。君が望むのなら」
ぷっくりと頬を膨らましながらゆっくりと倒れていくリクライニングのベッドに身を委ねる。
青年が柔らかい声を上げてベッドの横に並べられていた本を一冊取り出して語りだした遺言書の謎。
クリスティアが他でもなくこんな夢を見るのは遺言書の件もそうだが自分以外の転生者に会ったのも一つの要因なのかもしれない。
リアドの遺言書は何処に隠されているのかしら?
どんな謎があるのかしら?
青年の声が子守歌のように響けばうとうとと重くなりだした瞼に、もっとこの懐かしさを感じていたいのにと望みながらも、クリスティアの体の力は暗闇の中に倒れていくようにして抜けていく。
そしてその姿に、いつの間にか椅子から立ち上がっていた青年が暗闇に表情を塗りつぶされながらもクリスティアを見下ろすように横に立ちその倒れゆく体を支えると、おやすみ我が友とその頭を撫でて……。
そして全て消えていった。