マーシェ邸⑥
「公爵家の皆様が興味をお持ちになられたことは亡くなるまでこの地を大切に守り育ててきた父も大いに喜ぶことだと思います。ですがこれは領地を手放すのが惜しいとかそういった意味ではなく、先程エル様が申されましたように嘘偽りない気持ちから申しまして我が領地は公爵家が治めるに値する土地だとは思いません」
「そうなのですか?」
「えぇ。土地柄作物なども育ちにくいのは勿論のこと、ご存じの通り何処かの行楽地へと向かう大きな街道と繋がってはおりませんからそちらへと向かう休息地というわけでもございません……領地にある唯一のリーマの町にはこれといった観光があるわけでもございませんので税収という面では細やかですのでそういったものを期待なされているのだとしたら大きな後悔に繋がるでしょう」
「そうですか……ですが観光や税収という面はあまり問題ではありません。我が公爵家が興味を持っているのは別荘へと向かうための道としてこの地を整備出来るか出来ないかなので。義姉は別荘まで行く街道沿いの回り道が苦痛なのだそうです。とはいえ休息地としての役割が無いのが少し気になりますね。義姉はご覧の通り風光明媚な景色を見ると気が滅入るみたいですので……町のほうにある宿泊施設では彼女のお眼鏡にはかなわないでしょう。観光地もないのならば発展も望めないでしょうし……マーシェ家としてはこちらの邸は売却される予定なのですか?」
「邸に関しては考えあぐねております。私は結婚をして邸を出ておりますしアルフレドは王都に住んでおります、ヴィオラも同様に王都住まいですのでこの邸を管理する者が現状おりません。ですが私やアルフレドにとってはこの邸は生家となりますしヴィオラにとっても幼い頃に育った大切な場所です。家族との思い出もございますので……易々と手放すことは心情的に難しいことでございます」
所々険のある言い方をするエルに公爵家がどういう意向であろうとも自分の意思は他にあると言わんばかりの態度だと猜疑を持ったのかエリンがまじまじとその姿へと不躾な視線を送る。
そういえばあんなに派手な出で立ちのクリスティアとは違いこの少年は些か格好が地味で不格好だ。
まぁ所詮は血縁の無い養子、優秀だから引き取ったとしても実の子との待遇に差があるのは当たり前のことなのかもしれないとエルの策略にまんまと乗せられて、この少年にならば領地に関しての穏やかな話し合いが持てるかもしれないとエリンは期待した様子を見せる。
実際はアーサーやドリーからはクリスティアとなんら変わらない愛情を注がれているし、なんだったらクリスティアからも過分な愛情を注がれているのでエルがエリンが思っているような期待に応えることは一切ないのだが……。
騙されてくれるのならば好都合とエルは心の中でほくそ笑む。