マーシェ邸①
マーシェ邸は町から少し離れた小高い草木の茂る森の中にあった。
とはいえ森と言うにしては木々が鬱蒼とはしておらず、かといって平原と呼ぶにしては野原ではない。
適度な木々の生えた疎林には切り株などもあり、人が手入れをしている形跡があるのでリアドがしっかり管理していたのだろう。
町から馬車で十分ほどの一本道の道路、普段閑散とした場所のせいか見慣れない者達の仰々しい行列に鳥達が騒がしく鳴いている。
「遠いところご足労頂きましてありがとうございますユーリ・クイン王太子殿下、それに皆様方。リアド・マーシェが娘、エリン・ソープと申します。マーシェ邸を預かる身として皆様の滞在をご不便のないよう取り仕切らせていただきます」
馬車から出て来た一同を玄関前のポーチで出迎えたのは六十代くらいの女性で白いスタンドカラーにビブヨークの藍色ドレス、鷲鼻に切れ長の紫色の瞳、白髪の混じった茶色の髪を後ろで丸く束ねた落ち着いた風貌で、けして歓迎しているとは言い難い、来た者達を値踏みするようにツンっと尖った顎を一瞬上げたのち頭を垂れたのは、今現在マーシェ邸を管理しているエリン・ソープ。
来た者達を警戒するような鋭い声音の裏には不毛であるこの地を今日まで開墾し、争いなく平定してきたマーシェ家の誇りである領地を爵位を返上するからといって国が接収することへの不満が表れている。
祖父であるリアドの意向だとしても納得は出来ないのだろう。
事実、マーシェ邸へ来る三日前に爵位返上に対しての異議がアルフレド・マーシェから申し立てられたとユーリは聞いていた。
ユーリの訪問はその後、色々と手続きを終わらせたのちに正式に決まったのだ。
王都の土地監査人が来ると思っていたマーシェ家の者からすれば王太子がわざわざ出向いて監査することとなり警戒は十分にするだろう。
そんなエリンのやや斜め後ろに立っているのは肩まで伸びた灰色の髪に180センチほどのスラリと伸びた身長に高い鼻、二重瞼の奥で紫の瞳を濁らせ形の良い唇は一文字に結んでいるのはアルフレド・マーシェ。
ジャボの付いた白いシャツの上に濃い赤色のバスクジャケット、黒いズボンに茶色のロングブーツというクリスティアに負けず劣らずの空気の読めていない出で立ちで、端正な顔立ちもあり四十代半ばという年齢より若く見える。
リアド伯爵と後妻の子だと聞いているのでエリンとは歳が離れているせいか並び立つと弟というよりかは息子のように見えるので余計幼く映る。
そして二人の後ろには黒いハイネックのワンピースドレスにカーディガンを羽織ったヴィオラが不安げに立っている。