マーシェ邸への道中②
「別に私だけ居れば領地に興味を持っていることの証明には十分なったのではないか?君とてそんな体に合っていない不格好な服装でマーシェ邸に向かうのは恥辱であろうエル。帰りたいのなら今からでも帰って問題ないが」
居ないものと扱われていた不当さにユーリが険のある口調で横のエルに笑顔を向ける。
望んでこの場に居るエルとは違い、好んでこの状況に置かれているわけではないユーリは父親である国王陛下から婚約者が行くのだからリアド・マーシェの葬儀で先延ばしになっていた領地の監査をついでにしてきなさいと王命されて参加することとなったのだ。
とはいえ王命を受けなくてもクリスティアがなにをしでかすか分からない不安を王都で抱え、もやもやとその帰りを待つよりかはユーリは共に付いて来たであろうが……。
「僕は義姉さんと話してるんです殿下、人の会話に割って入るのは無礼だと僕のマナー講師は教えてくれましたけど……高貴なる身分の講師は違うんですかね?大体殿下こそお忙しい身だというのに参加を強制されてお可哀想ですから……国王陛下には殿下がこの場に居たと言っておきますので帰ってくださって結構ですよ。それにこれは義姉さんが僕のために買ってくれたコートです。ぼ・く・の・た・め・に・大人になっても着られるようにと一緒に選んでくれた何物にも代えがたいコートです。馬車の震動で舌でも噛んで黙っていて下さい」
「忌ま忌ましい気持ちが口を吐いて出ているぞエル。私が手配した高貴な馬車に舌を噛むほどの震動など無いし、そんなたかだかクリスティアと一緒に買いに行ったコート一つを自慢気に紹介されても私はなんとも思わない。ははっ、それにしても君は私の立場が分かってないようだな?」
「うわっ!ばっちり動揺してる!自分が義姉さんと一緒に買い物になんて行ったことがないからって!今のこの状況に王太子殿下という身分は関係ないですよね?義姉さん、嫉妬深い人は総じて人を抑圧する傾向がありますので殿下との婚約は早急に破棄することをおすすめします。僕が手配しますのでいつにしますか?」
「君の判断一つで破棄出来ると思っているのか?」
バチバチと火花を散らして睨み合う二人はエルが公爵家に来てから今現在まで全く反りが合わない。
エルはユーリが最愛なるクリスティアの婚約者であることが気に食わないし。
ユーリはクリスティアが血縁のないエルを大切にすることが気に食わない。
頬を引きつらせながら口角をあげるユーリと頬に青筋を立てながら同じように口角をあげるエル。
そんな似たような二人の言い合いをニコニコと見ていたクリスティアへと、エルはかわい子ぶりっ子をするように頬を膨らませて視線を向ける。
「義姉さん。義姉さんは僕と殿下どちらが好きですか?」
「まぁ、それは勿論エルに決まっているじゃない。あなたは家族なのだから」
比べるまでもなく即答するクリスティアの返答に頬の青筋を消したエルはユーリに向かってフッと勝ち誇った笑みを浮かべる。
家族愛だろうがなんだろうがユーリよりクリスティアの愛情が自分に向いていることのほうがエルにとっては大切なのだ。
「聞きましたか?殿下は僕より好かれてはいないようですし、虚しい結婚生活を送るよりここは潔く婚約は破棄したほうが賢明ですよ?」
「クリスティア」
「はい、殿下」
「家族ではない私は婚約者として何点だ?」
「それは勿論、百点満点中百点満点ですわ」
「ははっ!嫌われてはいないみたいだがなっ!!」
その百点満点はクリスティアにとって利用価値のある肩書きとしての点数なのだが。
ユーリにとってはそこにあるのが家族愛ではない点数であり、百点満点であるということが大切なのだ。
家族ではエルがユーリと反りの合わない原因である婚約者という肩書きは得られないのだから。
クリスティアの手前、笑顔は見せてはいるものの再び火花を散らす二人の殺伐とした空気を感じながら、気心がしれているから言い合いもできるのだと微笑ましげに見つめるクリスティア。
そんなクリスティア達の乗る馬車の周りには数名の護衛騎士(ユーリの護衛が主)が馬に乗って走り、すぐ後ろには同じような馬車が後を追うように付いて走っている。
その馬車の中にはフランとロバートそしてジョージが居り、こちらも和やかとは言い難い雰囲気を連れて(主にジョージがフランをネタにロバートを虐めている)マーシェ邸へと漸く馬車が到着するのだった。