マーシェ邸への道中①
そしてその会合の翌日に、すっかりエルに騙されてランポール邸へと意気揚々と訪れたユーリの出端を挫き、ヴィオラから正式にリアド・マーシェ伯爵のあるかも分からない遺言書を探す依頼を引き受けたこととそれに伴い領地管理を表向きにして邸に潜入したい旨を陛下に許可していただきたいことを伝えられたユーリ。
ランポール邸の客間のソファーでクリスティアの横に座り含み笑いをするエルに騙されたことを、幼い子供の悪戯だと寛大さを見せつけるように許しながらも引きつり笑いをしたユーリはクリスティアの話を聞きながら、我が婚約者がまた面倒な事件に自ら首を突っ込んだらしいこととそれを了承してしまったらしいことに溜息を吐いて嫌々ながら話の内容を受け入れるしかなかった。
一度受けたその依頼を今更覆すことは難しいだろうし、クリスティアに覆す気はないことをユーリは十分に理解している。
役に立って欲しくないことにばかり役に立つ婚約者という地位と立場で王宮へと戻り父である国王陛下に伝える役目を担ったユーリは、遺言書を探すためマーシェ邸へと潜入する理由がいるんですなんて言えるわけがないのでその理由は伏せて領地のことだけ伝えることとなったのだが……その領地の件が建て前であることは陛下も承知のことだったのだろう。
そのことは最後の最後に分かることとなるのだがそれはさておき、ランポール家が領地の管理に名乗りを上げるほど興味を持つような土地ではないはずだがっと探るような視線を息子に向ける陛下にしどろもどろもせずになにか問題でも?っという平然とした顔をしたまま頭を垂れるユーリにもっと可愛らしく動揺すればいいのにと息子の優秀さを杞憂しながらあまり問題を起こさせないようにと先王の古い友人への配慮を忘れぬよう釘を刺すのは刺して、承認を与え、あれよあれよとことが進みヴィオラとの会合から一週間後。
王都からマーシェ邸へと向かうために馬車に揺れること八時間。
すっかり人々の賑わいや街並みは消え、民家も少なく鄙びた草原の景色が過ぎ去っていくのを眺めていたクリスティアは代わり映えしない景色に飽きて前に座るユーリとその隣に座るエルを見る。
「王都は少しばかり曇っておりましたけれどこちらは良い天気で良かったですわね」
車窓から差し込む日差しは暖かだけれども外は木枯らしが吹き荒れているのだろう、草木がその身を倒すように揺れている。
馬車の中には先日ミネルヴァ商会で購入した手持ちのヒーターがあるおかげで寒さ知らずだ。
後ろにまとめた金の髪の頭の上には花の飾りの付いた小さな帽子を被り、スタンドカラーの首元に黄色の宝石が付いたブローチ、縦にプリーツを繰り返し重ねた緋色のドレスは両腕とスカートの袖の先には幅広のフリルとなっており、腰に巻かれたベルトは首元の宝石に劣らぬほど最高級の皮だと分かる輝きと存在感を放っている。
まだ喪に服しているだろう邸へ行くとは思えないほど指や腕に宝石を身につけた配慮のない華美な服装は、傲慢な令嬢だという噂を広めているであろうヴィオラの話を事実として受け入れ納得してしまうのに十分な装いだ。
正面に座るユーリは黒のズボンに白のシャツと茶色のチョッキ、黒のジャケットの上に灰色のケープスリープを羽織って派手な色も宝石もないように配慮されたシンプルな服装。
その隣に座るエルはクリスティアの傲慢さを引き立てるためであろう、薄汚れた光沢のない黒いボーダーのズボンに白いシャツ、緋色のループタイに茶色のVネックのセーターそして明らかに誰かのお下がりであると分かるような灰色の大きなロングコートを羽織っている。
エルがランポール家の養子だということは隣国まで知れ渡っている事実だ。
新しく来た義弟をクリスティアが気に入らず虐めている風を装うため極力地味で、薄汚れて不格好な服装を選び公爵家では肩身が狭い思いをしているのだと思わせたいのだろう。
「そうですねこんな良い天気の日に義姉さんと地方へ出掛けられるのは喜ばしいことなんですけど……二人っきりで尚且つ他に予定がないことが最もな理想でしたね。折角の休日が全て丸つぶれになりますから今度なにかで埋め合わせをしてください」
「まぁ、勿論よエル。あなたの望む埋め合わせをしましょう」
「約束ですよ義姉さん。それにしても行く前に父さんに相談はしたほうが良かったんではないですか?それに母さんは自分が参加できなかったことにきっと拗ねてしまいますよ」
「このようなことをお忙しい身であるお父様にご相談するのは気が引けますでしょう?遺言書探しだとしても人様の邸に潜入するわけですから……あまりいい顔をされないでしょうから咎められてしまうわ。お父様に黙っているのならばお母様にも話せませんし」
「僕はいいんですか?」
「あなたはわたくしとヴィオラ様のお話を聞いていたのですから既に共犯関係でしょう?それに次期公爵家当主であるあなたが共に居る方が領地に興味があるという名目により真実味が増すというものだわ。わたくしあなたをとても頼りにしているのよエル」
共犯というなんとも魅力的な関係とクリスティアに頼られて嬉しいという思いが表情に有り有りと表れているエルは堪えきれない笑みをどうにか噛み締めて隠すように眼鏡を上げる。
家族の話にすっかり除け者にされている気のする隣のユーリは(実際エルは除け者にする気でクリスティアと家族の話をしていた)不満を表すように咳払いをして声を上げる。