ヴィオラ・マーシェの話⑪
「では、わたくし達は色々と準備もありますのでこの辺で失礼をさせていただきますわ。ジョージ様、今度東方の国のお話を是非ともお聞かせくださいね」
「えぇ、殿下とエルくんが許すなら」
二人の許しがどうして必要なのかしらとキョトンとした表情で瞼を瞬かせるクリスティアに、ユーリとエルの許可がないところで二人っきりで仲睦まじく話をする姿を見られたり知られたりした日には自分に向けられるであろう嫉妬の鋭い視線にジョージは針のむしろとなるだろう。
そんな緊張感のある会合は遠慮したいので許可は必ず取ってから会いましょうと既に警戒心を滲ませているエルの笑っているようで笑っていない表情にジョージは苦笑いをする。
そんなジョージの苦笑いをエルの腕を取り不思議そうな表情を浮かべて見つめたクリスティアは何か深い意味でもあるのだろうと納得するように頷いて、皆に見送られローウェン邸を辞する。
「このまますぐ殿下に会いに行きますか義姉さん?」
「まぁ、どうしてエル?」
ポーチの下で待っていた馬車に乗りながらエルがこれから行く先をクリスティアに問う。
二人で手持ちのヒーターを買いに行く予定が変わるのは非常に残念だがヴィオラの件をすぐにでもユーリに話したいだろうクリスティアのことを思い、御者に次の行き先だったはずのミネルヴァ商会からユーリの居る王宮へと行き先の変更をエルが告げようとすれば、クリスティアがそれを制する。
「殿下が陛下にお話をして許可を得てくださるのにどちらにせよ数日は掛かるでしょうし、わたくしもわざわざ学園を休んでマーシェ邸へと向かうわけにはまいりません。邸へお邪魔するのは早くても来週の学園のお休みの折りにお伺いすることになると思いますので急ぎ殿下に会う必要はございませんわ」
「その間に誰か他の人が遺言書を見付けたりしないのですか?」
「ヴィオラ様は遺言書が別にあるかもしれないということをわたくし達以外には黙っておりますし、ご家族の方はご自身の遺産配分が不利になるかもしれない新たな遺言書があるかもしれないなんてことは、その心にやましさでもないかぎり夢にも思わないでしょう。それに葬儀も終わり遺品整理をなさっているはずなのに誰にも見付けられていないとなると伯爵は余程自信のある場所に遺言書をお隠しになられたのでしょうからわたくしのような者が探しださなければ誰にも見付けることは出来ないはずですわ」
「そうなのですか?」
「えぇ、それにあなたのおかげで今日わたくしが王宮に向かわなくても明日殿下は我が家にいらっしゃるでしょうからそのときにご相談すれば宜しいですわ」
「確かにそれもそうですけど」
今日ユーリの元に行けばどうしてマーシェ邸へと行くことになったのか経緯を説明しなければならないだろうから、明日の朝にクリスティアの裏をかけると喜び勇んでランポール邸を訪れるつもりであったであろうユーリの滑稽な姿を見られるチャンスを逃すことになる。
それはユーリをからかうチャンスを逃す至極愚かな行為なのだが……エルがどうしてもユーリの元に行きたいというのならば(エルはクリスティアのためを思って言っているので行きたいわけではない)その意思を尊重するべきかしらとクリスティアは残念そうな顔をする。
「折角今日はあなたとのお出掛けなのだからお話が終わったらゆっくりとお買い物を楽しもうと思っていたのよ?帰りには近くのカフェでお茶もしたいと思っていたし……けれどあなたが殿下に会いたいというのならば諦めるわ」
「全然全く会いたくないです!」
眉を下げて悩むように緋色の瞳を隠したクリスティアに、これから先も全く全然ユーリに会う必要性を感じないとばかりに全力で頭を左右に振るエルは義姉さんとデートだっとはしゃぎ喜ぶ。
いつもは思慮と分別のある振る舞いをする大人っぽいエルだが、こういうところは年相応の子供のような無邪気さだとクリスティアも微笑んで、向かったミネルヴァ商店で買い占めた手持ちのヒーターは今年の冬の大ヒット商品となり、馬鹿にしていた貴族達は買うに買うことも出来ず満足したレイは枕をそれはそれは高くして眠るのだった。