ヴィオラ・マーシェの話⑩
「それではわたくし達はそれを名目にマーシェ邸へとお邪魔をいたしましょう」
「どうなされるのですかクリスティー様?」
「爵位を返上し領地を国へお返しするとなりますと陛下はその土地を治める新しい領主を探されると思います。国独自で管理するにはマーシェ家の領地は些か遠い場所にございますし、そういった場所を爵位が無い者に管理をさせることは余程信頼の置ける臣下でなければ難しいでしょうから。ならばその領主に我がランポール家が名乗りを上げれば良いのです。管理する者の居なくなった領地にとても興味があるのでその視察という名目でマーシェ邸へと泊まらせていただきましょう」
「こ、公爵家がですか?ですが、その……マーシェ家が治めております領地はあまり良い土地ではありません。祖父がこの領地を賜ったのは先の戦争で傷ついた兵士や行く当てのない難民達を迎える場所が必要だとの思いがあったからで……陛下に進言し、その管理を自分がするからと無理を言って賜った場所だと聞いております。なにもない土地を一から祖父や領民達が開拓した場所ですので、魔法鉱石が産出するような鉱山も作物が良く育つ肥沃な土地もございません。皆、慎ましく日々穏やかに助け合って生活しております……なので公爵家の皆様が興味を持つような特異な土地柄ではございませんので管理に名乗りを上げることは逆に怪しまれることとなりませんでしょうか?」
「問題ございませんわヴィオラ様。丁度マーシェ家が治める領地の先に我がランポール家の領地がございます。マーシェ家の有する領地を開拓して我が領地へと続く馬車の通れるような大きな道を造りたいのだと理由を付ければ良いのです。我が家の別荘に行くまでは王都から迂回して馬車で三日がかりですし、いつも途中のリヴァの街などで休息しておりますから、真っ直ぐな道が開拓出来れば一日で行けるでしょう」
「そうですね、王都から別荘に迂回して行くよりかは確かに近くはなるので良い案だと思います。ですが間にある森は開拓するには深すぎるのである程度の悪い肉付けは必要だと思いますよ。例えば義姉さんは王都では公爵家の権威を笠に着たご令嬢で、それは石を金に変えろと無理難題を吹っかけるような我が儘っぷりだとか……父はそんな娘を溺愛しているのでどんな願いも叶えているというのはどうでしょう」
「まぁ、素晴らしいわエル。土地を詳しく知る者からすれば開拓には多少強引な面がございますものね。ではその噂をヴィオラ様のほうでそれとなく広めてもらえますか?お父様の名誉も多少傷つくでしょうけれど、どちらにせよわたくしの我が儘を大体においてお聞き下さるので問題はないでしょう」
「宜しいのでしょうか?私のせいでクリスティー様の悪い噂も広まってしまいますわ」
「えぇ、お気になされないでください。人の噂も七十五日です、全てが万事上手く終わりましたらヴィオラ様から皆さんに事の経緯をお話くだされば問題はございませんわ」
「でもヴィオラ先生の叔母上と叔父上が領地を自分達で治めたいと思っているのならクリスティーを邸に泊めるでしょうか?君とは競合相手になるわけだし。他の宿に泊まってくれと言いだすんじゃないかな?」
「ご安心くださいジョージ様、わたくしにはこういうときにどんな地位に居る方にも命令でき、どんな無理難題でも叶えるほかないと思わせるそれはそれは頼りがいのある良い婚約者がおりますの」
王太子殿下という素晴らしい肩書きを持つ婚約者がとニッコリ微笑むクリスティア。
こういうときに役立てるための婚約者という肩書きだ。
確かにその肩書きはラビュリントス王国では無敵だと納得するジョージに、今頃その王太子殿下という地位を利用されようとしているユーリはくしゃみでもして背筋に悪寒を走らせていることだろう。
「ご心配なさらないでくださいヴィオラ様、全て上手くいきますわ。ではわたくしは殿下に話を通して殿下から陛下へ領地管理の話をしていただきましょう。視察の許可を得るまでに少しお時間がかかると思いますのでその間にヴィオラ様は領地でわたくしに関する噂をそれとなく流しておいてください。改めてそちらに向かう日取りが決まりましたらフランさんを介してご連絡をさせていただきますわ、宜しいかしらフランさん?」
「お任せ下さいクリスティー様」
「クリスティー様、フランお嬢様本当に本当にありがとうございます」
深く深く頭を下げるヴィオラの表情は誰かにその胸の内に抱える不安を打ち明けたことによって来たときよりも幾分ばかりか明るくなっている。
その表情を見たクリスティアは満足したように頷くと立ち上がる。