ヴィオラ・マーシェの話⑤
「アスノットくんも久し振りだね、そんな不機嫌な顔をしているとただでさえ好かれていないフランにもっと嫌われてしまうよ?」
この国の騎士の最高位であり、王城で働く聖騎士を憧れとしているロバートがその聖騎士に守られている王族のユーリに対してのクリスティアとエルの雑な扱いをムッとした様子で聞いている。
ロバートにとってユーリを馬鹿にすることはそれを守る聖騎士を馬鹿にしていることと同じことなのだろう。
王族と騎士という役割が全く違うものを同列にしていることのほうが失礼だし、ロバートは聖騎士を目指すつもりならばもっと表に出す感情を制御すべきだろうとその心を読み取りジョージは肩をすくめてロバートの身に纏っている素晴らしい騎士の制服を見つめる。
感情の制御だけ見ればジョージのほうがよっぽど騎士になれるというものだ。
「というかフランに嫌われるためにその服を着てきたのかい?」
あははっと嫌味を込めて笑うジョージにロバートは己の着ている騎士の制服を見て、見るからにショックを受けた顔をする。
自分の身を挺してでも大切なものを守るという勇ましさと力に対する誇示が見えているその制服は聖騎士を目指しているロバートからすれば矜持であり、ここぞとばかりに着る一張羅なのであろう。
だが花と刺繍と静寂を好むフランには全く好まれない、むしろ怯えるだけの制服でしかない。
婚約者候補として名乗りを上げているくせにそれを理解していないことがジョージにとっては兄として腹立たしい。
フランは幼い頃から体が弱いということもあり荒っぽいことを好まない物静かな子で、街を警邏している騎士の姿を見るだけでジョージの後ろに怯え隠れるような子だった。
曰く大声を出して訓練している姿が怖いのだそうだ。
そんな子が何故騎士を目指すロバートに見初められてしまったのか分からないが、フランを知っているのならば絶対選ばなかったであろうその一張羅と一向に歩み寄る気配のない関係性に一体彼が可愛い妹のなにを見ているのか甚だ疑問でジョージはつい虐めたくなってしまう。
自分が良いと思うものが相手も良いと思うに違いないというその傲慢さが若さなのかもしれないがフランのことが好きならばもっとフランのことを考えて紳士らしい格好と振る舞いを身につけるべきだしそんなことに気も回らない無骨な男に繊細で可愛い妹を嫁がせる気もない。
そんなジョージの態度にキメてきた一張羅を否定され、「ただでさえ好かれていない」の台詞に可哀想なくらい気落ちし沈み込でいるロバートに、カーラがジョージを窘める。
「ジョージったら、アスノット様を虐めては駄目でしょう?優秀な騎士なんですからね」
「虐めてなどいませんよ母さん、僕は可愛い妹が不幸となる婚約をして欲しくないだけです」
「ふ、不幸……」
ジョージの言葉に更にショックを受けるロバートに、確かにそうだけれどもっとカーラは困ったように眉尻を下げる。
ロバートがフランを好いてくれているのは有難いことだし、ジョンもカーラもロバートのことは不器用だけれども素直な好青年だと知っているのでフランの相手に申し分はないと思って密かに応援をしているのだが……如何せんフランが婚約に乗り気ではないのだからどうしようもない。
このまま関係が進展しなければ申し訳ないが縁が無かったということになってしまうだろう。
フランはその器量のよさから他にも婚約の申し込みがあるし、ロバートもロバートで準騎士の中では抜きん出て優秀なので将来の有望さから色々なご令嬢達から社交のエスコート役のお誘いがあると聞いている。
フランの相手が決まるまでは候補者からは外さないでくれとロバートから懇願されているものの現状ロバートは他の良い縁にすらフランが居るからと断りを入れて目も向けていない。
それは彼の将来を狭めることになってしまっているので今後の付き合いのためにもある程度の社交はして欲しいのだが……。
ロバートはこうと決めると他が見えなくなってしまう性格なので他の女性との社交なんて以ての外なのだろう。
ジョージに虐められ、同じ高さのはずのソファーが一段と沈んでいる気がするほど縮こまった一途で憐れなロバートの姿に……同情したクリスティアが優しい声音で言葉を掛ける。
「ロバート様。わたくし少しばかりお力をお貸ししましょうか?」
「貴様の手だけは絶対に借りない!」
なにがなんでも借りてなるものか!!
間髪入れず拒否したロバートは差し出されたクリスティアのその綺麗な白く細い手を忌々しげに睨みつける。
あの手は白く、穢れのないように見えるが白粉が塗られているだけでそれを洗い流せば本当は黒い、真っ黒い悪魔の手が覗くのだ。
その手を掴んで自分の手を黒く染めるような卑怯な真似は騎士として絶対にしないと堅く誓うロバートのそういう真面目くさった意固地なところがフランに受け入れられないのだろうとこの中で一番若いエルにすら呆れられていれば、会話を遮るように扉をノックする音が響く。