ヴィオラ・マーシェの話④
「ヴィオラ先生の乗った馬車が到着しましたのでフランが迎えに出ました。もう少しお待ち下さい」
入ってきたのはフランに良く似た青年で、橙色の混じった赤毛のショートの髪に垂れ目の茶色の瞳、茶色のシャツに黒いリボンタイ、朱色のジャケットに紺色のズボン姿のフランの兄であるジョージ・ローウェンだ。
ラビュリントス学園を去年卒業しているジョージはその才を見込まれて今は外交官のような仕事をしており、こうしてクリスティアと顔を合わせるのは卒業式以来である。
「まぁ、お久し振りでございますジョージ様。つい先日、あなたが東方の国へお行きになられたとお聞きした気が致しましたのに……お元気そうでなによりですわ」
「こちらこそ久し振りだねクリスティー。その東方から昨日帰ってきたんだよ、情勢が少し悪くなったからね。僕は何処へ行っても大抵は元気で過ごせるからご覧の通り元気だけど参ったよ。そちらもお元気そうでなによりだ」
「まぁ、東方の情勢は今良くないのですか?」
「旅行へ行く気ならおすすめはしないかな。ラビュリントス王国が素晴らしいのは国王が愛妾を持たなかったことと子育てが素晴らしく上手くいっていることだね、権力というのは人を惑わす魔力だ」
手を差し出して握手を求めようとしたらそれより先に立ち上がり抱きついてきたクリスティア。
フランが10歳で初等部の頃、ジョージが16歳で中等部の頃からの知り合いなのでクリスティアとは5年の付き合いにとなり、兄妹のように互いを慕いあっている。
保守的な東の国に一ヶ月ほどいたせいか熱烈な歓迎に久し振りに触れてジョージはラビュリントス王国に帰ってきたことを今更ながら実感しつつ、兄のように慕ってくれるのは嬉しいもののエルの突き刺しそうな鋭い視線の痛さに早々にその体を離す。
「エルくんも久し振りだね、元気そうでなによりだがそんな顔をしないでくれ……僕には可愛い婚約者が居るんだから、結婚も間近だよ」
「えぇ、すこぶる体調も気分もいいですよジョージ様。婚約者様との関係が良好ならまあ義姉さんに軽々しく触れて思うことはありますが許しましょう」
「ははっ、ありがとう。それより今日のエスコート役はユーリ殿下と揉めたんじゃないかな?」
「殿下と揉めるなんてとんでもない。ただ殿下は義姉さんがローウェン邸に来るのは明日だと思い込んでいるんじゃないですかね。義姉さんがなんの報告もしないので痺れを切らして僕に聞いてこようとしてきたので口を滑らしたように見せかけて明日伺うと言っておきましたので。将来国を背負おうっていう人が他人の言葉を鵜呑みにするなんて残念なことですよね」
「まぁ、知らなかったわ。今日のことを知れば付いて来ると言いだして邪魔でもしそうだったものだから黙っておいたのに。いつもならしつこく聞き出そうとするのに大人しいことが不思議だったのですけれどあなたのお陰だったのね。ありがとうエル」
「義姉さんのためならこれくらいのこと喜んでしますよ」
「おやおや、怖い子だね君の義弟は」
クリスティアに褒められて鼻高々なエルにすっかり騙されて明日の朝一番にランポール邸にクリスティアを迎えに行き驚かせようとでも思ってわくわくしているのだろうユーリを思いジョージは切なくなる。
エルの腹黒さは年々クリスティアに似てきている気がする。
この国で尊いはずの王太子殿下なのにランポール姉弟からは常に不憫な扱いを受けている気のする可哀想なユーリを思い苦笑いを浮かべたジョージは、騙された王太子殿下の滑稽さを鼻で笑うエルの隣に腰を下ろし一つ向こうのロバートを、頭に角をお尻から黒い尻尾を出したような悪戯な笑みを浮かべて見る。