馬車の告解⑩
「レディ・クリスティア・ランポー……!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
瞼を一、二度瞬かせ、声高らかに宣誓される名前を聞きながら左右が金細工に装飾された豪奢な三段ほどのタラップをふらふらと降りていく。
真っ赤なカーペットの敷かれた地面へと足を下ろしてレディを導こうと振り返ろうとすればしかしながら、響き渡った名を告げ来訪を告げようとした声は妻の甲高い悲鳴によって掻き消される。
いや馬鹿なことを妻の悲鳴であるはずはない。
ではなんの悲鳴だ?
辺りを見渡せば全ての視線とざわめきが私へと集まり人によっては恐怖に目を背け、驚愕に指を差している。
「貴様!馬車からすぐに離れろ!」
「は?」
突如として引かれた腕に地面に転がる体。
腕をねじり上げられ組み伏された体に一体全体なにが起きたのか分からず……抵抗すら出来ずに唖然とする。
「クリスティア!?」
私の横を銀の髪の毛を揺らした端整な顔立ちの見たことのある少年が慌てた様子で走り寄る。
あぁ、もしかしたらこの子が少女にドレスを送った少年なのかもしれない。
もっと年上の青年を想像していたのだが……年配の私と共に来たから嫉妬でもしているのか。
それにしたって地面に組み敷くなんて乱暴な扱いではないか。
「あら、そんなに血相を変えて飛び込んでいらっしゃらなくても大丈夫ですわ殿下」
優雅にドレスを翻した少女が馬車へと入ってきそうな少年を制して私に続いてタラップを降りてくる。
この状況にさしたる不満のない私は降りてくる少女の美しさをただただ見上げる。
そういえば妻の声が聞こえない。
「どうぞ皆様、そのような乱暴をなさらないでください。もう大丈夫なのですから」
私の前で立ち止まり胸に手を当て私を押さえる騎士達に哀願する少女。
私はなにが起きたのか、いやなぜこうなってしまったのか……押し寄せる真実に茫然自失のまま少女に向かって口を開く。
「君は……誰だ?」
「正気に戻りましてロレンス卿?自己紹介が遅れましたわ。わたくしクリスティア・ランポールと申します、どうぞクリスティーとお呼びください」
彼女はそういうと真っ白い上等なハンカチを小さな鞄から取り出し私の頬を拭い見せる。
拭ったそこには赤く濃く染まったハンカチの色。
悲しげに微笑んだ少女の視線を受けながら、あぁそうだ、そうだったのだと歪んだ口元に笑みを浮かべた私は声高々に笑う。
「告解は慎んで受け取りました。奥様のご遺体は寝室のベッドの下に隠されておりますのでしょう?」
「あ、はは、あはははは!」
馬車という懺悔室で行われた告白に何もかもを知っているのだと告げられる。
そうだ何故忘れていたのか。
何故現実だと思わなかったのか。
夢を見ていたのではない。
全て事実だったのだ。
なにが戴冠式に着ていた陛下の格好だ。
笑いが出る!
私は今、白であったシャツにガウンを羽織った寝間着姿ではないか!
しかもそれは妻の血で染まっている!
当たり前だ私が殺したのだから!
嘘と偽りだらけだった告解を真実へと導いた少女にひれ伏し、正気へと戻ったロレンス卿はただただ狂人のように笑い続けていた。