ヴィオラ・マーシェの話①
フランとの会合から三日後。
ローウェン家から訪問を歓迎するという手紙の返事を受け取ったクリスティアは指定された学園の休みである今日、義弟であるエル・ランポールを伴ってローウェン家へと赴いていた。
髪の色よりは少し薄い黄色で金の刺繍が施された大判の厚いショールを纏い、同じ色のドレスで中に薄緑色の重ねスカート、コツコツと馬車を降りた石畳の玄関ポーチに軽やかな音を立てる皮のブーツの隣でエスコートをしているエルは黒い瞳を覆う眼鏡にかかった灰色の髪を払い膝丈の茶色のコートに紺色のチョッキ、赤いループタイの巻かれたシャツに黒色のズボンで同じようにコツコツ音を立てる革靴の装いだ。
馬車を降りれば外はすっかり吐く息が白くなっていてクリスティアはショールにエルはコートにそれぞれ身を縮こまらせて温もりを分け合うように寄り添っていたが室内に入った瞬間から暖かい空気がその身を包み込んだので縮こまらせていた身を和らげ、ほっと息を吐く。
「暖かいですわね」
「本日は一段とお冷えになりますので、邸ではどの部屋にも暖炉に火を入れております。それにこの度、我が主が手持ちのヒーターを開発いたしましたので試しに廊下などにも設置しております。ローウェン邸では今年の冬は使用人部屋ですら暖かいのですよレディ・ランポール」
「まぁレイ、他人行儀はお止めになって。もう何度もクリスティーとお呼びくださっているはずなのに今更敬称で呼ぶなんて。あなたがそうやって呼ぶときはなにかを企んでるときだってわたくし存じているんですから。それにローウェン家の使用人部屋は主の寛大さによって元から暖かかったでしょう?」
「おや、企んでるなんて誤解でございます。そう思われてしまったのなら申し訳ございません。私の不徳の致すところでございます。歳を取るとつい忘れっぽくなりまして、誰をどう呼んでいたのか忘れてしまうのです。なのでクリスティー様が我が主のことを大変素晴らしく聡明な方だということを既にご存じであるということも失念しておりました」
そう愛想良くニッコリと微笑むのはローウェン家の執事頭であるレイ・ハーパー。
体に合うように仕立てられた燕尾の執事服に身を包んだ白髪交じりの初老の老人は眼鏡の奥で灰色の色の瞳を柔和に細めている。
主人であるローウェン伯爵の寛大さは社交界でも有名な話だ。
フランの友人であり何度も邸に遊びに来ているクリスティアとて伯爵がどういう人となりかは良く知っていることなのでレイが今更、素晴らしい主人を褒め称えたいわけではないことくらい察せるので、これ見よがしに廊下に置いてある四角形の持ち手の付いた小さい格子の付いた暖炉のような置物に視線を向ける。
暖房が良く効いているのは熱した熱を溜める魔法鉱石を持ち運び可能なヒーターの中に入れ、その熱を放出する魔法道具を部屋や廊下に数多く置き使用しているからだろう。
見たことの無い魔法道具に、レイに言われずともクリスティアは興味を引かれる。
「それで、その素晴らしい手持ちのヒーターはとても珍しい魔法道具のようですわね。伯爵はまた素晴らしい発明をなされたようなのでわたくし大変興味がありますわ」
「確か、ローウェン領は魔法鉱石が多く取れる鉱山がありましたよね?」
「はい、ロード・ランポール。ヒーターには火の魔法鉱石を使用しております。暖炉で暖めてご利用も出来ますので火の魔法が苦手な方にもご安心してご使用いただけますよ」
科学技術が発達せずに魔法の発達したこの世界では生活全てにおいて魔法が使用されており、個々で有する魔力を使って魔鉱山で取れる魔法鉱石を加工し作るのが魔法道具だ。
魔法鉱石は魔力でしか加工が出来ない特殊な鉱石でローウェン家の治める伯爵領は魔鉱山が多くあるため、魔法道具を作るのに必要なそれぞれの属性の魔法鉱石が大量に産出されている。
そのお陰で領地は栄えていると共に元々職人気質だったローウェン伯爵は職人として魔法鉱石を加工し、新しい魔法道具の開発をしてはそれを王都でも販売しているのだ。