中央対人警察署③
「伯父様、実はわたくしお聞きしたいことがあるのですけれども」
「なんだ、俺にただ会いに来ただけだと言ってくれないことが悲しいよクリスティー」
なにも用事がなくても会いに来て欲しい。
クリスティアが署に来るときは大体なにかしらの事件に関わっているときばかりだ。
365日、8760時間と自分は常に会いたいのに寂しいことだとヘイリーは拗ねるが、可愛い姪っ子の頼みを断りはしない。
「それで?なにを聞きたい?可愛い姪っ子だとしても機密情報は教えられないぞ?」
「えぇ、分かっておりますわ。実はリアド・マーシェ様の死因が知りたいのです。それと現場写真などあれば見たいのですけれど」
「リアド・マーシェ?あぁ、レクイエムのリアドか。確か邸で亡くなっていたやつだよな」
率先してサボるし、事件が発生してものらりくらりとしてやる気がないように見せているヘイリーはラビュリントス内で起きた事件は全て把握している。
サボっているように見えたとしても中央署の署長としての仕事は完璧で、なんだかんだと部下にも慕われている。
「ちょっと待てよ、ラビュリントス内での事件の情報は共有してるからな」
胸ポケットに入れていたタブレットを取り出して起動させたヘイリーは手慣れた様子でそれを操る。
「ほら、これだ」
検索でヒットしたリアド・マーシェの項目に触れたヘイリーはクリスティアにタブレットを差し出して見せる。
「リアド・マーシェ80歳、180センチ、死因は心筋梗塞による病死(強心剤の服用歴有)。自宅で死亡。長女のエリン・ソープが第一発見者。解剖での不審な点はなし。病死が明らかなので毒物及び血液検査はしてないな」
解剖記録、遺体の発見時の状況、写真。
出て来たリアドの死亡時の状況と検屍官の死亡時の見立てが書かれた記録をクリスティアは食い入るように見つめる。
「薬を取ろうとしたが中が空だったため間に合わず、椅子に座ったまま亡くなったんだろう」
ヘイリーが指で示した写真には書斎机が後ろにある一人掛けの背もたれ椅子で天井を仰ぐように座ったリアドの遺体が映し出されている。
心臓の発作ならば顔はもっと苦悶に歪んでいるかと思ったのだが存外穏やかで……右手は心臓を押さえ、左の肘掛けに乗った左手は掌を天井へと向けて、握っていた手の力が抜けたように親指と人差し指が天井を差すように開いた状態になっている。
机には強心剤の薬が置かれているので、その薬に中身があったのならば結果は違っていたのかもしれない。
「ありがとうございます伯父様」
「なにかまた厄介なことに首を突っ込んでるんじゃないんだろうな?」
一通り記録と現場の写真を見せてもらい納得したクリスティアはタブレットをヘイリーへと返す。
可愛い姪っ子は事件のこととなると後先考えずに首を突っ込んでしまうのが玉に瑕だ。
危険なことに巻き込まれて怪我の一つでもすれば何故止めなかったのかとアーサーへの小言も増えるというもの……リネット・ロレンス殺人事件のときは濡れ衣を着せられただけで済んだが、それは単に運が良かっただけなのだと心配するヘイリーにクリスティアは微笑む。
「いいえ、伯父様がご心配なさるような危険なことはなにもございませんわ。ただ今度リアド伯爵のお孫様とお話をする機会がございますので失礼の無いよう知っておきたかっただけです、ほらわたくし人が亡くなっていると聞きますと余計なことをお話ししてしまうでしょう?」
「ならいいが……好奇心があることは結構だがお前が危険な目に遭えば俺が泣くからな気を付けるんだぞ、必要ならニールでも護衛に付けろ。デスクワークに飽き飽きしてるだろうから喜んでついていくさ」
重要なことは話さずに掻い摘まんで事情を説明するクリスティアの心の内などヘイリーはお見通しらしい。
向こう見ずなところはドリーにそっくりなので刑事の一人や二人、可愛い姪っ子のためならば喜んで貸し出すと部下に対しての職権もどんどん乱用していく方向のヘイリーは微笑んでクリスティアの頭を撫でる。
「ふふっ、ありがとうございます。ですがルーシーもおりますし心配はございませんわ。それよりも」
「ん?」
「この度のヘイリー伯父様のお仕事が落ち着きましたら共にお食事をいたしましょう。東通りに新しいレストランが出来ましたの、エルとお母様もお呼びいたしますわ。勿論お父様には内緒で」
「それはいい!最高だ!」
家族水入らずだなっと家族と認められていないアーサーなど最初から頭数には入れていないヘイリーの態度にクリスティアは苦笑いしながら、ご機嫌になったヘイリーはさっさと仕事を済ませるぞっと気力たっぷりに、死屍累々のような刑事達の待つ階下へとクリスティアを見送るため共に降りるのだった。