馬車の告解⑨
「当たりですわ!」
突然、少女が私の催眠を覚ますように両手を強く叩く。
その音に肩がビクリと跳ね、放心し拭っていた手が止まる。
少女の問いの答えが見付かったのだから喜ぶべきなのに酷く顔が引き攣り喜びより安堵が勝り、そして不安が訪れる。
手についた赤色が消えている。
一体なんなのか、何故こんな追い詰められた気持ちになるのか……流れる汗を袖で拭い呼吸を落ち着かせようと一度めいいっぱいの空気を肺に吸い込む。
どうしてだろうか、妻の声が耳の奥から消えない。
「ほらわたくしの家にはハウスメイドなんておりませんでしょう?天蓋を母が掃除をするのは年末だけですわ、ですから投げ上げて隠してしまったんですの」
「だが、それは、それは時間を悪戯に伸ばすだけで……いずれは見付かってしまう」
「今、見付からなければいいと思ってしまったのです。そして誰も居ないときに引っ張り出して、庭にでも埋めてしまえば永遠に見付かりはしないと思ってしまったのです。ですが永遠に忘れようとすることは褒められたことではございませんわね」
なにも悪いことではない。
こういう時は恐怖し隠してしまうのが人間の本能、仕方ないことだと理解を示すような少女の声音。
そして無かったことにしようとするのもまた抗えない人の性だと優しく告げる少女に、皿を割ったのは私の話だったのか少女の話だったのか分からなくなる。
「はは……いやそうだな、そうなんだ、そうすればいいと……思ってしまった」
とても良い考えだと思ってしまったのだ。
隠してしまえば誰にも見られなければそれは無かったことになるのではないか。
そうだ動転して邸を飛び出してきてしまったがそうするつもりだった。
それを庭に埋めて肥料にしてしまえば庭を大切にしていた妻も喜ぶだろうと私はシャベルを探そうとしたのだ。
「えぇ、理解できますわ。本当にお嫌いだったのでしょう」
「あぁ、確かに……大嫌いだった」
やかましくて、私の人生を全て破壊するその皿。
割れ目から赤い絵の具を垂らし続けるその皿を思い浮かべながら一際騒がしくなる妻の叫びに耳を塞ぐ。
「でもねロレンス卿、やはり後悔というのは時を追うごとに押し寄せてくるものです……卿はこの後悔を告白なさるつもりはありますでしょうか?」
決断を迫る少女の迫真の声に、私は俯いていた視線を少女へと向ける。
この少女は一体私になにを告解させたいのか、することなど何一つないというのに……。
薄ら笑いを浮かべた私は静かに頭を左右に振る。
「いや……そんなことはしない、全て済んだら庭に埋めてしまえばいい」
そう埋めてしまえばいい。
なんら躊躇いはない。
そうだそうしてしまえ。
囁く妻の声に頷き私は悪くないのだからと呟き口角を上げたままでいれば少女が憐れな瞳を持って私を見つめている。
そして御者への合図のように後ろの壁をトントンと二度ほど叩く。
「残念ですわ」
少女の最後の呟きは私の耳には届かない。
もう妻の笑い声しか聞こえない。
喧しい。
喧しいが耳は塞がずその声を聞き続けていれば、馬車が止まる。
「あら、到着いたしましたわ」
「……あぁ……では、拝命されたエスコート役の本領発揮ですな」
操られた人形のようにフラフラと立ち上がり、御者によって開かれた扉の先で輝く明かりの眩しさに一瞬目が眩む。