そして始まってしまった物語④
「まぁなんか分かっていたけどシナリオと全然違うのね。世間では悪役令嬢らしく赤い悪魔なんて呼ばれてるから本当に転生者なのか疑ってたけど……お察しの通り私も転生者よ。この世界に転生したって知ったときはよりにもよってって感じだったわよね。分かるわ。私も絶望したし。もっと甘々でチョロいシナリオのやつがよかった!まぁでも私はある程度のシナリオは覚えてるわけだし、一作目は名実ともに神作品だったから悪役令嬢じゃなくてそのヒロインになれてラッキーだと思ってたんだけどさ、なんかそうも言ってられない状況だし、だからこそ腹を割って話しましょう。それで?誰を攻略しようとしてんのよ?」
「攻略?」
「そうよ!こうなったら協力しましょう!私は死にたくないしあなたも死にたくないんでしょう?だったらお互いに攻略対象は被らないようにしないと!」
「?」
少女に勢いよく捲し立てられて少しばかり圧倒されるクリスティアは一向に見えない話の内容に、死にたくないとか随分と物騒なことを言っているけれどもさっぱり意味が分からないというように頭を横に傾ける。
その不思議そうに戸惑い、困ったような表情を浮かべるクリスティアに眉根を寄せたアリアドネはまさかっというように瞼を見開く。
「えっ……?えっ!?ちょっ!嘘でしょ!?もしかしてなんだけど私が誰か分からないとか言わないわよね!?」
「申し訳ございませんが、わたくしあなたのことを存じ上げませんわ。何処かでお会いになりましたでしょうか?」
「とぼけてるとかじゃなくて?」
「えぇ」
「この私を?」
「えぇ」
「キャラデザの至高と言われヒロインに共感がもてるナンバー1と持て囃されたこのアリアドネ・フォレストを?」
「えぇ、アリアドネ・フォレスト様と申されましても自己紹介も無かったわけですしわたくしには全くそのお名前に心当たりがございませんわ。何処でお会いしましのたでしょう?お茶会ですか?それともパーティーで?」
「そんな馬鹿なっっっっ!」
机を叩き立ち上がったアリアドネは絶望したといわんばかりに頭を抱えたと思ったらその身を乗り出し机越しにクリスティアへと顔を近付ける。
「ちょっと待って!本気で言ってるの!?あなた転生者なんでしょう!?転生してないとか今更言わないわよね!?」
「輪廻転生のことを申されているのでしたら、そうですわね。わたくしはわたくしが生まれる前に生きていた時の記憶がございますわ」
「なのに知らないの?」
「なにがでしょうか?」
「これよこれ!このキャラデザ!本気?生きてた時代が違うの?死んだのは何歳?前世は何人だったの?外人?私、社畜人生まっしぐらの没二十八歳で日本人!」
「まぁ、わたくしも日本で生まれ育ちましたわ。十七歳で亡くなりました。元号は確か令和になった頃でしたわね」
矢継ぎ早にされる質問にクリスティアは落ち着いた様子を崩すわけでもなく返答していく。
ルーシーがその後ろで唾が散るから近寄るなっとアリアドネに向かって負のオーラを纏うが、そんなことに気を向けられるほど今のアリアドネは冷静ではない。
「私のが年上だし同じ時代!だったらなんでこのアリアドネの糸を知らないのよ!?」
「まぁ!」
机を乗り上げるように顔を近付けていたアリアドネに、両手を併せて感嘆の声を上げたクリスティアは瞳を輝かせる。
その表情にやっぱり知っているんじゃない驚かせないでよっと安心したアリアドネは意気揚々と椅子に座り直す。
転生前に生きていた時代も国も同じだったので知らないなんてことあるはずがないと言わんばかりに。
「ギリシア神話の話をなされていますのね。そうですわ、あなたのお名前もアリアドネですものね。本当に前世の記憶をお持ちなのだとわたくし納得いたしましたわ」
「えっ?なに?疑ってたの?てかギリシア神話?」
「えぇ、アリアドネの糸のお話ですわよね?」
「そうよアリアドネの糸よ」
「ギリシア神話の」
「違うわよ乙女ゲームよ」
「?」
「?」
なにを言っているのか分からないと互いが互いに頭を横に傾けるクリスティアとアリアドネ。
どうやら話がかみ合ってないらしい。
そんなお互いの様子にまさか本当になにも知らないのではないかと察するように理解して崩れた安心にショックを受けたっという顔をするアリアドネの動揺した様子に、なんだか可哀想になってきたクリスティアは申し訳なさそうに眉を下げる。