そして始まってしまった物語③
「なにかご用件がございましたら正式なご紹介のもと、改めてお日にちとお時間をご指定なさってください」
彼女のような平民の子女には公爵家の令嬢であるクリスティアへの正式な紹介は到底無理なことはルーシーも十分理解しての追い払い手段。
正式なご紹介というのは公爵令嬢というクリスティアの地位に引けを取らない地位や友人などのコネクションが必要となるのだ。
アリアドネ・フォレストにそのようなコネクションが無いことは知っているので出来るものならやってみなさいという威圧と共にルーシーは一歩も引くこと無く更に少女へと歩み寄る。
「ちょっと!話を!話を聞いて……!」
ルーシーの威圧感に圧倒され前に出る勇気のない少女はにじににじりと後退っていく。
このままでは皆の公共施設である図書室を追い出されかねないと焦ったのか、仕方ないっというように意気込んだ少女は怯えていた顔を勇ましく挑むようにクリスティアへと向ける。
「あーーもーー!私、知ってるんだから!」
ルーシーの威圧感にたじろがないよう負けじと出した大声。
その声は静まり返った図書室へと広がる。
「あなたが転生者だってことをね!」
迫り来るルーシーを押し留めるように両手を前に出してクリスティアへと向かって叫んだ少女は、どう参ったでしょうっと言わんばかりに自慢気なその顔を見下ろすように上げ更にまた口を開く。
「この悪役令嬢!」
右手の人差し指をビシッとクリスティアに向かって差した少女の身に知らぬ間に迫りそうな危機。
それはその人差し指を掴んで反対に曲げようそうしようっと決めたルーシーがクリスティアに対してあまりにも無礼な態度に、この少女には口でなにを言っても無駄だと悟った笑顔で腕を上げる……が、幸いなことにそうなる前にその挑むような言葉にピクリっと反応したクリスティアが本から視線を起こす。
「ルーシー、ありがとう。そちらのお客様にお茶をご用意してくださるかしら?」
「……畏まりましたクリスティー様」
ルーシーの暴挙を止めたクリスティアの透き通るような声。
その声に指を掴もうと上げた腕をスッと下ろしたルーシーは振り返り、我が主の寛大さに渋々ながら頭を下げて少女から離れサービスワゴンへと向かい紅茶の準備を始める。
そんなルーシーに微笑みを浮かべたクリスティアは手を上げて、少女に向かいの席へと座るように示す。
「どうぞお座りになって」
「ふん!」
最初からそうしてればいいのよっと言わんばかりの不遜な態度で向かいの席に腕を組んで座る少女。
その態度に紅茶に入れる砂糖は塩にしようとルーシーは鮮やかな手つきで塩入の紅茶をサーブする。
「やっぱりね、ああやって言えば私の話を聞かざるをえないと思ったのよ。あなたが人の話を聞かないから大声だしちゃったじゃない、恥ずかしい」
強情なんだからっと図書室中から降り注いでいた不躾な視線に少女は腕と足を組んで身を反らし前に出された紅茶を見、そしてルーシーを見る。
そしてなにかを待つように広がる沈黙に少女は眉根を寄せる。
「…………」
「…………」
「……ちょっと」
「はい」
「いや、いいの?ここで話して……人払いとか、しなくて大丈夫なの?」
「人払いが必要なのでしょうか?」
「だって、転生とか……その知られてもいいの?」
「ご心配には及びませんわ。ここは図書室で一番奥まった場所にございますので人はそう来ませんし、ルーシーはわたくしの全てを知るわたくしの侍女ですもの。わたくし以上にわたくしのことを知るのが彼女の役目であり義務ですわ。そうでしょうルーシー?」
「勿論でございますクリスティー様」
違うかしらと微笑むクリスティアの視線に身を震わせて感動するルーシー。
クリスティアの事を思いクリスティアのための行動を慮るのが自分の務めだと常に考えているルーシーのことをクリスティア自身が理解してくれているのだ。
その役目と義務に間違いはないと頷きクリスティアの後ろへと立ったルーシーは鼻高々に自慢気な表情をするので、その様子を前に座った少女は拍子抜けしたような顔で二人を見つめる。