そして始まってしまった物語①
(過保護になってきて困ったものだわ)
そして放課後。
ローウェン伯爵家への訪問の手紙をしたため図書室のいつもの窓際の席で本を読み紅茶を飲んでいたクリスティア。
ユーリに自邸まで送るから待っていろと言われて大人しく待っているが(ユーリはハリーと共に学園の用事で教師に呼ばれている)、馬車の中ではフランの件でのお小言が待っているのだろう。
悩むべき問題があるから助けて欲しいと数少ない友人に請われて話を聞きに行くだけだというのに状況の報告を常にしろだなんて……年々小姑のようになっていくユーリの言動に、子供の頃はあんなに協力的だったのにとクリスティアは残念に思う。
とはいえそれはなにも知らない幼いユーリの無垢な手をクリスティアが良いように操っていただけなので大人になれば自然と警戒するのは当たり前のこと。
しかもクリスティアの事件への関与は知名度が上がれば上がるほど過激になっていっているのでそれも問題視しているのだろう。
殺人事件などに首を突っ込むことをユーリがよしとしていないことはクリスティアも十分に理解している。
リネット・ロレンス殺人事件で危うく殺人犯人とされてしまうところだったことがそのよしとしない気持ちに拍車を掛けてしまったのだろう。
だがクリスティアにとって事件というものは憧れであり、敬愛なる灰色の脳細胞を働かせることはもう二度と拝聴することの出来ない探偵小説への郷愁なので……首を突っ込むなというのは無理な話。
事件によって今はもう帰れない場所への懐かしさをクリスティアは追憶しているのだ。
(お小言が続くようであればお贈りするとお約束していた香水を早めに調合して、誤魔化さなければなりませんわね)
特別な香料を取り寄せて調合しようかと色々と考えていたのだが……。
クリスティアに事件に巻き込まれない、避けるという選択肢はない。
ユーリの心配してくれている気持ちには理解を示して心の片隅に置いておくとしてもどんな手を使ってでも事件に関わらないようにされては厄介なので、今日に関してのお小言は有難く受け取るとしてもこれから先のことは他のことで有耶無耶にさせてしまおうと算段する。
全く以て事件のこと以外でクリスティアの頭を悩ませるのはユーリくらいだ。
(困った婚約者ですこと)
事件に積極的に関われる免罪符として魅力的なその立場に釣られて婚約者という地位を選択してしまったのは失敗だったかしらと困っているようには見えない柔らかい笑みをフッと溢したクリスティアの耳に、図書室の静寂を切り裂くように騒がしい足音が響き渡る。
ロバートのよりは軽やだが同じ騒がしさでバタバタと真っ直ぐこちらへ向かってくるような忙しない足音。
静寂を重んじるこの図書室内でこれだけの音を響かせればすぐに司書が来て注意を受けるだろうと、クリスティアは気にせずまだ時間の掛かるのだろうユーリを待つ時間を潰すため読みかけていた本へと視線を落とす。