疑惑の遺言書③
「お読みしてもよろしいかしら」
「はい」
「親愛なるヴィオラ・マーシェ殿、私はあなたの祖父であるリアド・マーシェと親しく交流をさせていただいていた者です。この度、リアドの訃報を知り急ぎ筆を執らせていただきました。先の戦争でのリアドの活躍を知る者として、この国を守った英雄の死は酷く残念でありお悔やみを申し上げると共に遠方に居るため葬儀に参列出来なかったことに胸が痛み深い悲しみが私の心を覆い尽くしております。さてこの度このような手紙をあなた宛てに取り急ぎ差し出したのは遺言書の開封があったとお聞きしたからです。私は生前リアドから遺言書の話を少しばかり聞かされておりましたので急な訃報にもしかするとリアドの遺言が正しく施行されていないのではと不安に思ったからに他なりません。赤の他人が口を出すことではないことは重々承知しておりますが、もし遺言書の内容がリアドの子供達への遺産相続やそれに準ずるような内容であった場合その遺言書は偽物の可能性があるのです。リアドは生前、自分の子供達に遺産を相続させることを悩み、遺言書の書き換えを行うと私に話しておりました。そして自分が亡くなったらその新しい遺言書は隠し、あなたがあっと驚くような謎を仕掛けて宝探しのように探させるのだと言っていたのです。あなたは祖父の地位によって苦労なく得られるはずだった平坦な道から外れ、教師というあえて困難な道を選んだのだからこの謎をあなたが信ずる教養によって得られた知識が解くならば自分の最後の言葉を聞くに値するだろうと楽しそうに語っておりました。遺言書の内容がもし私の危惧するようなところではないようでしたら大変不躾で失礼なことを申したことをお許しください。私はただ友人の意思がきちんと果たされることを願っているのです。最後にリアドは私によくあなたはとても聡明で自慢の孫娘だと語っていたことをここに記させていただきます。どうぞあなたの深い悲しみが少しでも癒えることを願って……名も無き友人より」
クリスティアが読み上げた内容を聞き入っていた一同は考えるように黙り込む。
それは祖父を亡くしたばかりのヴィオラにとっては心を乱す衝撃的な内容の手紙だっただろう。
「フランさん、つまり開封があった遺言書は子供達に遺産を等分するという内容でしたのでこの手紙を信じるならばそれは偽物であるかもしれないということですわね?」
「そうなのですクリスティー様。ですがリアド伯爵の友人は遠方も含めてヴィオラ先生も把握しておりましたのでこの手紙の主に心当たりがないと申されているのです。家紋の封蝋もない差出人の分からない手紙を簡単に信じても良いものなのかヴィオラ先生は迷っておられるのです」
「名は明かせない理由があるのだとしても、赤の他人が遺言書についての忠告をわざわざ手紙で寄越したりしないだろうね。その者になんらかの利益があるのでなければ……不躾だけれどそのヴィオラ・マーシェという人物は伯爵の遺産相続に対して不満を抱いているというわけではないんだよね?」
「それは、勿論ですハリー様。ヴィオラ先生は亡くなったご両親から相応の遺産を受けておりますし、堅実な性格ですのでその遺産には全く手を付けておられないと申しておりました。一度税金の関係で少し困ったことがありましたので我が家の財産管理をしている者に教えを請うている場に同席しましたけれどもお金に困窮をしていないことは間違いはございません」
「なら手紙を書いた者と結託しているという線は薄いみたいだね」
「フランさん、ミス・ヴィオラはどうなさりたいと申しているのですか?もし遺言書の件をお疑いになるのならば伯爵のお子様である叔母様や叔父様と対立するようなことになると思われるのですけれども……」
「ヴィオラ先生は財産はどうでも良いと申しております。もし自分に相続があるような内容の遺言書があったとしても先に開封した遺言書も伯爵の筆跡で間違いはなかったそうなのでその内容に則って遺産に関しては叔母様と叔父様にまず相続があると考えておられます。ただ伯爵の最後の言葉があるのならばそれを知りたいと……クリスティー様、宜しければ当家にいらしてヴィオラ先生から直接お話をお聞きしてもらえませんでしょうか?」
フランの懇願するような眼差しは心底ヴィオラを心配している様子で……。
リネット・ロレンス殺人事件の折には学園で流れるクリスティアの根も葉もない噂を否定し、皆の不安を取り除くことに大変フランは尽力してくれたとエルから聞いているので、心配と迷惑をかけたのだからと微笑んだクリスティアはその恩に報いるため快く頷く。